フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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sinatra society of japan
TOPSinatra Society of Japan presentsスタンダード・ヴォーカル・アルバムの復刻・発掘>『キーリー・シングズ・シナトラ』/キーリー・スミス

『キーリー・シングズ・シナトラ』/
キーリー・スミス
Keely Sings Sinatra/
Keely Smith
特別価格
(XQAM-1008)
90th Floor 原盤
1995年録音 日本初登場
>>購入する  

   フランク・シナトラの親友だったベテラン・シンガーのキーリー・スミスによるシナトラ・トリビュート。ビリー・メイをはじめとする素晴らしい編曲陣とフランク・キャップ率いるビッグバンドがキーリーを大いに盛り立てる。イントロとエンディングにはフランク・シナトラ・ジュニアが特別出演。
 

     

1. Introduction by Frank Sinatra Jr./フランク・シナトラ・ジュニアによるイントロ >>試聴
2. South of the Border/国境の南  >>試聴
3. I've Got a Crush on You/アイヴ・ガット・ア・クラッシュ・オン・ユー>>試聴
4. Night and Day/夜も昼も>>試聴
5. A Lovely Way to Spend an Evening/ア・ラヴリー・ウェイ・トゥ・スペンド・アン・イヴニング >>試聴
6. Come Rain or Come Shine/降っても晴れても >>試聴
7. The Music Stopped/ザ・ミュージック・ストップト >>試聴
8. I'll Never Smile Again 〜 Dream/アイル・ネヴァー・スマイル・アゲイン 〜 ドリーム >>試聴
9. I've Got You Under My Skin/アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン >>試聴
10. Angel Eyes/エンジェル・アイズ >>試聴
11. Happy Birthday, Frank/ハッピー・バースデイ、フランク >>試聴
12. New York, New York/ニューヨーク・ニューヨーク >>試聴
13. Without a Song/ウィズアウト・ア・ソング >>試聴
14. All the Way/オール・ザ・ウェイ >>試聴
15. This Love of Mine/ジス・ラヴ・オブ・マイン >>試聴
16. Until the Real Thing Comes Along/アンティル・ザ・リアル・シング・カムズ・アロング >>試聴
17. Goodbye/グッドバイ >>試聴
18. It Was a Very Good Year/楽しかったあの頃 >>試聴
19. My Way/マイ・ウェイ >>試聴
20. Closing Tribute by Frank Sinatra Jr./フランク・シナトラ・ジュニアによるエンディング >>試聴



編曲指揮:ビリー・メイ、デニス・マイケルズ、ドン・メンヅァ、フランク・コレット
伴奏:フランク・キャップ・オーケストラ
  『キーリー・シングズ・シナトラ』は、1950年代から60年代にかけて何度かレコーディングやTVショウ、その他でフランク・シナトラと共演したキーリー・スミスによるシナトラ・トリビュートである。リリースされたのは2001年だから、シナトラが亡くなって3年後だが、筆者は1990年代後半にテスト・プレスを聴いているので、録音されたのはもう少し前だ。その時のイントロも @ と同じフランク・シナトラ・ジュニアだったが、「キャピトル・レコードに代わりまして・・・」と言っていた。つまりキャピトルからの発売を念頭にレコーディングされ、シナトラにも試聴してもらっていたが、キャピトルとの調整がつかず、そうこうするうちにシナトラが亡くなってしまい、便乗リリースはいやだったので、しばらく温めていたようだ。結局は発売元がコンコードになったため、フランク・ジュニアはイントロを録り直して「コンコード・レコードに代わりまして・・・」となった次第だ。

キーリー・スミス(本名ドロシー・ジャクリーン・キーリー)は1932年3月9日にヴァージニア州ノーフォークに生まれた、アイリッシュ系の白人とチェロキー・インディアンの混血である。唄が好きでやがて地元のラジオ局で歌うようになったが、影響を受けたのはエラ・フィッツジェラルドとジューン・クリスティだという。
1947年家族でアトランティック・シティに出かけた時、偶然観たバンドリーダー/トランペッター/シンガーのルイ・プリマのショウに釘付けになり、翌年彼のバンドがノーフォークに来た時、気に入られて同楽団に加わった。49年に二人のデュオ・レコードが作られ、53年には結婚。その後サハラ・ホテルへの出演はラスヴェガスで最もホットなショウのひとつとなり、その評判がキャピトル・レコードとの契約へとつながり、デュエットだけでなくソロ・レコーディングも行った。このアルバムの最初や最後に出てくる「残されし恋には」はキーリーのキャピトル初アルバムのタイトル曲で、グラミー賞にノミネートされた代表作である。
1959年プリマとキーリーはドットに移籍するが、61年に二人は離婚。キーリーは私生活とのバランスをとりながら歌手としての活動を続け、シナトラが主宰するリプリーズに数枚のアルバムを残した。65年に、ナンシー・シナトラを育てたレコード・プロデューサーのジミー・ボウエンと結婚(後に離婚)し、子育てに専念したあと、85年ファンタジーからアルバムを発表してカンバックを果たし、2000年にコンコードと契約してからは好調を持続して現在に至っている。

シナトラとデュエットしたレコードは4曲ある。1958年3月3日にキャピトルに吹き込まれた「ナッシング・イン・コモン」と「ハウ・アー・ヤー・フィックス・フォー・ラヴ」(編曲はビリー・メイ)、そして1963年7月24日にリプリーズでレコーディングされた「ソー・イン・ラヴ」と「ツイン・ソリロクイズ」(編曲はネルソン・リドル)である。

伴奏はフランク・キャップ率いるオーケストラで、パーソネルは次の通り。   
トランペット:       リック・バプティスト、ウェイン・バーグァロン、ピート・カンドリ、コンティ・カンドリ、ジョージ・グラハム 
トロンボーン:      アラン・キャプラン、アンディ・マーティン、サーマン・グリーン 
ベース・トロンボーン: ダナ・ヒューズ 
アルト:          サル・ロツァーノ、スティーヴ・ウィルカーソン 
テナー:          ピート・クリストリーブ、ドン・メンヅァ 
バリトン:         ジャック・ニミッツ 
木管:          ジーン・シプリアーノ 
ピアノ:          フランク・コレット、デニス・マイケルズ 
ベース:          チャック・バーグホファー 
ギター:         デニス・バディミール 
ドラムス&リーダー: フランク・キャップ 
パーカッション:    デイル・アンダーソン 
ヴァイオリン/ヴィオラ/チェロ

編曲指揮は次の通り。  
デニス・マイケルズ:@ B C H K L M S 
ドン・メンヅァ:A I P Q 
ビリー・メイ:D F N O 
フランク・コレット:E G R

【 曲目 】

(1)イントロ
シナトラの長男フランク・ジュニアのバックは、キーリーのテーマ「残されし恋には(アイ・ウィッシュ・ユー・ラヴ)」。シャルル・トレネの有名なシャンソンだが、アメリカでいち早く歌いヒットさせたのはキーリーだった。シナトラはカウント・ベイシー楽団との共演盤『イット・マイト・アズ・ウェル・ビー・スイング』(リプリーズ)で歌っていた。

(2)国教の南
1953年、コロンビア時代(1943〜1952年)後半の低迷を吹き払い、シナトラ復活を強く印象づけた1曲。1939年にイギリスのマイケル・カーとジミー・ケネディが共作した。捨て台詞の「オーレイ! マザーズ」がシナトラ的だ。テナー・ソロはD・メンヅァ。

(3)アイヴ・ガット・ア・クラッシュ・オン・ユー

1928年のミュージカル『トレジャー・ガール』のためにアイラ・ガーシュインが作詞、ジョージ・ガーシュインが作曲したが、出版されたのはミュージカル『ストライク・アップ・ザ・バンド』で使われた1930年。トランペット・ソロはW・バーグァロン、ヴァイオリン・ソロはジェリー・ヴィンチ。

(4)夜も昼も
1942年、トミー・ドーシー楽団から独立することを決意したシナトラが、初めてソロ録音した時の1曲、そして1940年代人気絶頂期のラジオ・ショウのオープニング・テーマ。コール・ポーター、1932年の作品。ネルソン・リドルがシナトラのために書いたアレンジを意識した編曲だ。

(5)ア・ラヴリー・ウェイ・トゥ・スペンド・アン・イヴニング
シナトラが初めてセリフありで出演した1943年の映画『ハイアー・アンド・ハイアー』(本邦劇場未公開)の中で歌ったドリーミーなバラード。キーリー独特のノンシャランとした歌い方だが、十分にフィールしている。

(6)降っても晴れても
1946年にジョニー・マーサー作詞、ハロルド・アーレン作曲のスケールの大きなスタンダード。ベストは1961年に録音されたシナトラのリプリーズ盤。キーリーは、シナトラに負けない、大きなスケールで歌い上げる。。

(7)ザ・ミュージック・ストップト
このアルバムではもっとも知られていない曲だろう。これも映画『ハイアー・アンド・ハイアー』からの歌で、(5)同様、ハロルド・アダムソンの作詞、ジミー・マクヒューの作曲。シナトラは情緒面々とロマンティックに歌ったが、キーリーは自分らしさを出したかったのか屈託なくスイングする。

(8)アイル・ネヴァー・スマイル・アゲイン 〜 ドリーム

前者はシナトラとパイド・パイパーズをフィーチャーしたトミー・ドーシー楽団のヴィクター盤でヒットした。ルース・ロウ、1939年の作品。後者はジョニー・マーサーが1945年に作詞作曲したメローなバラードで、ともに良き時代の雰囲気を持っている。

(9)アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン
1936年のミュージカル映画『踊るアメリカ艦隊』のためにコール・ポーターが作詞作曲して、アカデミー主題歌賞にノミネートされた。代表的なシナトラ・ナンバーで、1956年にキャピトルに入れたレコードはシナトラ生涯の名唱である。トロンボーン・ソロはA・マーティン。

(10)エンジェル・アイズ
1953年にアール・ブレントが作詞、マット・デニスが作曲したほの暗い失恋の歌。サルーン・ソング(酒場の唄)の極めつけナンバーで、シナトラの得意曲だった。歌が明るくなる傾向にあるキーリーもうまく歌っている。テナー・ソロはD・メンヅァ。

(11)ハッピー・バースデイ、フランク
キーリーによるメッセージ。「ビリー・メイのアレンジでシナトラの誕生日に録音している」といっているから、12月12日に、D F N O を録音したのだろう。バックで「残されし恋には」が鳴っている。シナトラがキーリーにつけた「インジュン(Injun)」は「インディアン」の意味。

(12)ニューヨーク・ニューヨーク
ライザ・ミネリが同名のミュージカル映画で歌った曲だが、今ではシナトラ・ナンバーとして通っている。ニューヨークのヤンキー・スタジアムでは、ヤンキーズが勝つとシナトラのレコードが、負けるとライザのレコードが流れる。1977年にフレッド・エッブが作詞、ジョン・キャンダーが作曲。

(13)ウィズアウト・ア・ソング
1941年のトミー・ドーシー楽団時代のヒット曲で、シナトラは1961年にドーシーへのトリビュート・アルバム『アイ・リメンバー・トミー』(リプリーズ)で再録音した。1929年、ビリー・ローズとエドワード・エリスク作詞、ヴィンセント・ユーマンス作曲。

(14)オール・ザ・ウェイ
1957年の主演映画『抱擁』で歌って、アカデミー主題歌賞を獲得した名曲。作詞はサミー・カーン、作曲はジミー・ヴァン・ヒューゼン。キーリーの母親ファニー・スティーヴンス・スミス(再婚した時の姓)が大好きだったという。

(15)ジズ・ラヴ・オブ・マイン
珍しくシナトラ自身が作詞したナンバー。ソル・パーカーとシナトラの幼なじみでマネージャーだったハンク・サニコラが作曲した1941年の曲。トミー・ドーシー楽団をバックに歌ったシナトラのビクター盤がヒットした。元来はバラードだが、キーリーはミディアムでスイングする。

(16)アンティル・ザ・リアル・シング・カムズ・アロング
シナトラ・ナンバーのイメージはないが、クインシー・ジョーンズがプロデュースした1984年のアルバム『LA・イズ・マイ・レイディ』(キューウェスト)で歌っていた。1931年にマン・ホリナーとアルバータ・ニコルスが出版したが、その後サミー・カーン、ソウル・チャップリン、L・E・フリーマンが加わって1936年に現在の形の歌となった。

(17)グッドバイ
ベニー・グッドマン楽団のクロージング・テーマとして有名だが、シナトラは凄惨たる暗黒のブルー・バラード集『オンリー・ザ・ロンリー』(キャピトル)で歌っていた。1935年にゴードン・ジェンキンスが作詞作曲。

(18)楽しかったあの頃
フォーク・グループのキングストン・トリオの歌だが、彼らのレコードを車のラジオで聞いてシナトラもレコーディングし、1965年のグラミー賞で最優秀男性歌唱賞を受賞した。キーリーは懐古調ではなく、意表をついてスインギーに歌っている。アーヴィン・ドレイク、1961年の作品。テナー・ソロはP・クリストリーブとD・メンヅァ。

(19)マイ・ウェイ
最も有名なシナトラ・ナンバーだが、シナトラ本人はあまり気に入っていなかった。オリジナルはシャンソンで、ポール・アンカが英詞をつけた。シナトラは1968年に録音。この曲を女性が歌うのは珍しい。

(20)クロージング

締めもフランク・シナトラ・ジュニア、そして「残されし恋には」。


(2006年10月27日 三具保夫)
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