『スピーク・ロウ』/ピンキー・ウィンターズ Speak Low/Pinky Winters

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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TOPSinatra Society of Japan presentsスタンダード・ヴォーカル・アルバムの復刻・発掘>『スピーク・ロウ』 /ピンキー・ウィンターズ

『スピーク・ロウ』/
ピンキー・ウィンターズ
Speak Low/
Pinky Winters
特別価格
(XQAM-1010)
Cellar Door 原盤
1983年録音 世界初登場
>>購入する  

   選曲やセンスのよさが光る1983年の未発表ライヴ。歌詞に対する理解を深めて名シンガーとしての道を歩みはじめた時期の録音だけに絶対に聴き逃せない。名手ルー・リーヴィー(p)をバックに、ペギー・リーにも通じるふくよかな世界が展開される。2006年2月にリリースされ高い評価を得ている『いそしぎ:ジョニー・マンデル作品集』(YKJZ-307)の姉妹編。
 



1. Speak Low/スピーク・ロウ  >>試聴
2. If I Were a Bell/イフ・アイ・ワー・ア・ベル>>試聴
3. I Am in Love/アイ・アム・イン・ラヴ>>試聴
4. You Say You Care 〜 Dance Only With Me/ユー・セイ・ユー・ケア〜ダンス・オンリー・ウィズ・ミー>>試聴
5. Dolphin/ドルフィン (*)>>試聴
6. Never Let Me Go/ネヴァー・レット・ミー・ゴー>>試聴
7. The Trolley Song/ザ・トロリー・ソング>>試聴
8. Oh, Lady, Be Good!/オー、レイディ、ビー・グッド!>>試聴
9. Piccolino /ピッコリーノ (*)>>試聴
10. Ding Dong! The Witch Is Dead/ディンドン!ザ・ウィッチ・イズ・デッド >>試聴a>
11. I'm Old Fashioned/アイム・オールド・ファッションド>>試聴
12. No More Blues/ノー・モア・ブルース>>試聴
パーソンネル: ピンキー・ウィンターズ(vo) ただし (*) の2曲を除く
ルー・リーヴィー(p)、 ビル・タカス(b)
 
 

 

 2006年2月にリリースされたピンキー・ウィンターズの未発表アルバム『いそしぎ』は、現代最高のソングライター&アレンジャーのジョニー・マンデル作品集だったこと、そして何よりもピンキーの歌の素晴らしさで評判になったが、ここにまた彼女の未発表作品『スピーク・ロウ』が登場する。  
   『いそしぎ』は<ザ・グレート・アメリカン・ソングライターズ>と題されたコンサート・シリーズの一環として、1983年2月27日にワシントンDCのコーコラン・ギャラリー・オブ・アートで行われたパフォーマンスを捉えた作品だったが、『スピーク・ロウ』もまた、同じ日・場所・伴奏者(=ピアノがルー・リーヴィー、ベースがビル・タカス)で行われたコンサート・ライヴである。実はこの日、ピンキーは第一部でジョニー・マンデルの作品を採り上げ、第二部で上質のスタンダード・ナンバーの数々を歌った。『スピーク・ロウ』はその第二部を収録した世界初登場盤である。  

   このコーコラン・ギャラリーでのコンサートはピンキーのイーストコースト・デビューだった。1954年にデビュー・アルバムを吹き込んでいるベテラン・シンガーのピンキーが東海岸で歌うまで40年近くの歳月を要したとは驚きだが、彼女のキャリアを辿ってみると納得がいく。
   ピンキーはインディアナ州ミシガン・シティ生まれ。コロラド州デンヴァーを経てロスに移り住みずっとこの地で暮らしてきた。歌は大好きだが同時に私生活を非常に大事にしており人生のすべてを歌に賭けて来たわけはない。広いアメリカゆえ、何が何でも東海岸で歌いたいという気持ちには至らなかったのだろう。いずれにせよ、この時のコンサートはプロデューサーの故ジョエル・E・シーゲルによって録音され、のちにそのテープがピンキーとルー・リーヴィーにプレゼントされ、ピンキーはそのテープを大切に保管してきた。この思い出深いコンサートがCDというかたちでファンと共有できることをピンキーは大変喜んでいるし、ファンにとっても寡作家ピンキーだけに新しいアルバムは大歓迎に違いない。
   しかも、この時期のピンキーは歌手としてひとつのピークにあった。ピンキーは「若い頃は必要以上にメロディーに注意が行ってしまい、今聞くと自分の歌とは思えない」と言っている。1980年代そして現在のピンキーは歌詞の理解や表現にいっそうの磨きがかかり、本当に深いところで歌の心を伝えることのできる表現者となった。ペギー・リーにも通じるふくよかでしなやかな歌は今円熟の極みにある。

   ピンキー・ウィンターズ、本名フィリス・ワズニァックは15歳の頃サラ・ヴォーンに感銘を受け、デンヴァーで歌手デビューを果たし、1953年にロスへ移り、翌年に初アルバム『ピンキー』を、59年に『ロンリー・ワン』を吹き込んだ。その後結婚・出産・離婚・再婚・出産・子育て等のために音楽シーンから遠ざかっていたが、80年にステージに復帰した。その時のピアニストがのちに伴侶となるルー・リーヴィーで、ふたりは85年に『レッツ・ビー・バディーズ』、94年に『ジス・ハッピー・マッドネス』を発表したが、ルーは01年に亡くなった。
   2005年夏にヴォーカルの名盤を復刻・発掘する「シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン・プリゼンツ」シリーズの一枚として『レイン・サムタイムズ』が、06年2月には前述の『いそしぎ』がリリースされた。06年『ロンリー・ワン』もCD復刻され、その次に来るのが本作『スピーク・ロウ』である。現在入手困難になっている垂涎盤『ジズ・ハッピー・マドネス』もフランスで復刻されたというから、遠からず日本でも再発されるであろう。そして12月前半には初来日コンサートが予定されている。わが国でピンキー・ムーヴメントが始まった。  
  

【 曲目 】

(1)スピーク・ロウ
1943年にオグデン・ナッシュが作詞、クルト・ワイルが作曲して、ブロードウェイ・ミュージカル『ワン・タッチ・オブ・ヴィーナス』でメリー・マーティンとケニー・ベイカーが歌った。1948年の映画化『ヴィナスの接吻』ではアイリーン・ウィルソン(エヴァ・ガードナーの吹き替え)とディック・ヘイムズが歌っている。

(2)イフ・アイ・ワー・ア・ベル
1950年の大ヒット・ミュージカル『ガイズ・アンド・ドールズ』からのナンバーで、作詞作曲はフランク・レッサー。1955年の映画化『野郎どもと女たち』ではジーン・シモンズが歌った。マイルス・デイヴィスの名演でも知られる軽快なテンポのナンバー。

(3)アイ・アム・イン・ラヴ

コール・ポーターが作詞作曲したナンバーで、1953年のブロードウェイ・ミュージカル『カンカン』で紹介されたが、1960年の映画化ではカットされた。ピンキーの語り口はまことに見事だ。

(4)ユー・セイ・ユー・ケア 〜 ダンス・オンリー・ウィズ・ミー
ジューリィ・スタインが作曲した歌を2曲メドレーで歌う。前者は1949年のブロードウェイ・ミュージカル『ジェントルメン・プリファー・ブロンズ』で紹介された曲で、作詞はレオ・ロビン。ただし、マリリン・モンローが主演した1953年の映画化『紳士は金髪がお好き』ではカットされた。後者は1958年のミュージカル『セイ・ダーリング』で紹介されたナンバーで、作詞はベティ・カムデンとアドルフ・グリーン。

(5)ドルフィン
ブラジルのタンバ・トリオ、タンバ4のリーダー格だったルイジーニョ・エッサの作品。タンバ4の米デビュー・アルバムとなった1967年の『二人と海』で紹介された。ルー・リーヴィーとビル・タカスはテンポを上げてデュオで演奏する。

(6)ネヴァー・レット・ミー・ゴー
「ボタンとリボン」「モナリザ」「ケ・セラ・セラ」といったアカデミー主題歌賞を始め、多くの映画ソングを送り出したレイ・エヴァンスとジェイ・リヴィングストンのコンビによる1956年の作品。ナット・キング・コールが1956年の映画『ザ・スカーレット・アワー』(本邦劇場未公開)で紹介した。ピンキーの資質によくあったペイソス溢れるバラード。

(7)ザ・トロリー・ソング
ヒュー・マーティンとラルフ・ブレインの共作で、1944年のミュージカル映画『若草の頃』でジュディ・ガーランドが歌い、アカデミー主題歌賞にノミネートされた。トロリー電車の擬音を演出するルー・リーヴィーのユーモアが嬉しいし、間奏でのソロの馬力のすごいこと!

(8)オー、レイディ、ビー・グッド!

アイラ・ガーシュインが作詞、ジョージ・ガーシュインが作曲して、1924年のブロードウェイ・ミュージカル『レイディ、ビー・グッド!』でウォルター・キャトレットがスローテンポで歌った。その後はミディアムか急テンポで歌われることが多いが、ピンキーはヴァースからしっとりと歌い綴る。

(9)ピッコリーノ
1935年にアーヴィング・バーリンが書いた曲で、ミュージカル映画『トップハット』でジンジャー・ロジャースが歌った。ここではルー・リーヴィーとビル・タカスの演奏で、ピンキーの歌は出てこない。歌のレコードならベツレヘムのメル・トーメがいい。

(10)ディン・ドン!ザ・ウィッチ・イズ・デッド
ミュージカル映画『オズの魔法使』(1939)の挿入歌。この映画ではアカデミー主題歌賞を獲った「虹の彼方に(オーバー・ザ・レインボウ)」が圧倒的に有名だが、この曲もしばしば歌われ演奏される。作詞はエドガー・イップ・ハーバーグ、作曲はハロルド・アーレン。

(11)アイム・オールド・ファッションド
1942年にジョニー・マーサーが作詞、ジェローム・カーンが作曲して、ミュージカル映画『晴れて今宵は』でフレッド・アステアとナン・ウィン(リタ・ヘイワースの吹き替え)が紹介した。蛇足ながら、この映画には当時15歳のキューバのカストロ議長がエキストラで出ている。

(12)ノー・モア・ブルース
ピンキーは大好きなボサノヴァでコンサートを軽快に締め括る。ヴィニシウス・ジ・モラエスが作詞、アントニオ・カルロス・ジョビンが作曲、1957年にジョアン・ジルベルトがレコーディングして、ボサノヴァ誕生となった「シェガ・ジ・サウダージ」が原曲。1962年にジョン・ヘンドリックスとジェシー・キャヴァノーによる英詞が書かれ、アメリカでも歌われるようになった。





(2006年10月16日 三具保夫)
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