『知りたくないの+7』/
ペリー・コモ The Scene Changes +7/Perry Como

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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sinatra society of japan
TOPSinatra Society of Japan presentsスタンダード・ヴォーカル・アルバムの復刻・発掘>『ペリー・コモ・イン・イタリー』/ ペリー・コモ

『知りたくないの+7』/
ペリー・コモ
The Scene Changes +7/
Perry Como
特別価格
 (XQAM-1024)
RCAビクター ⇒ BMGミュージック
録音:1965年2・6月/
ナッシュビル
世界初CD化
+ボーナス・トラック7曲
 (未発表3曲)
>>購入する  

   カントリーの聖地ナッシュビルで録音された“旅情三部作”の第一弾。 コモはソフトでスムースな歌声で、カントリーの名曲から新しい魅力を引き出している。 中でも、「ジャニー・ギター」を彷彿とさせる「グリンゴのギター」は出色の出来栄え。
 


1. Where Does a Little Tear Come From?/ホエア・ダズ・ア・リトル・ティアー・カム・フロム?(小さな涙)  >>試聴
2. Funny How Time Slips Away/ファニー・ハウ・タイム・スリップス・アウェイ(時がたつのは早いもの)  >>試聴
3. Here Comes My Baby (Back Again)/ヒア・カムズ・マイ・ベイビー(私の恋人がやって来る)  >>試聴
4. Sweet Adorable You/スイート・アドーラブル・ユー(可愛い憧れの君)  >>試聴
5. I Really Don't Want to Know/知りたくないの  >>試聴
6. That Ain't All/ザット・エイント・オール  >>試聴
7. Dream On Little Dreamer/ドリーム・オン・リトル・ドリーマー(夢で恋すれば)  >>試聴
8. Stand Beside Me/スタンド・ビサイド・ミー(私のそばにおいで)  >>試聴
9. A Hatchet, a Hammer, a Bucket of Nails/ア・ハチェット・ア・ハンマー・ア・バケット・オブ・ネイルズ(斧とハンマーとバケツ一杯の釘)  >>試聴
10. Grinco's Guitar/グリンゴのギター  >>試聴
11. My Own Peculiar Way/マイ・オウン・ペキューリア・ウェイ(我が道)  >>試聴
12. Give Myself a Party/ギヴ・マイセルフ・ア・パーティー(ひとりだけのパーティー)  >>試聴
13. Roamin' Through the Countryside/ローミン・スルー・ザ・カントリーサイド  >>試聴
14. Bye Bye Little Girl/バイバイ・リトル・ガール  >>試聴
15. Bummin' Around/バミン・アラウンド  >>試聴
16. Oowee, Oowee/ウーウィー・ウーウィー  >>試聴
17. Summer Wind/サマー・ウィンド  >>試聴
18. Meet Me at the Altar/ミート・ミー・アット・ジ・オルター  >>試聴
19. Beady Eyed Buzzard/ビーディー・アイド・バザード  >>試聴

 

 最近はロック・シンガーやカントリー・シンガーたち、たとえばロッド・スチュワートやウィリー・ネルソンがスタンダード・ナンバーを歌うのが流行だが、かつてはスタンダード・シンガーが競ってカントリー・ソングブックを発表していた時代があった。男性シンガーでいえば、ビング・クロスビーを筆頭に、ナット・キング・コール、ディーン・マーティン、ヴィック・ダモン、アンディ・ウィリアムズ、そしてペリー・コモと、クルーナー系の歌手が多いことに気づく。カントリー曲はシンプルなメロディーと軽やかなサウンドが特徴なので、シリアスなシンガーや声に独特の個性のある歌手、たとえばフランク・シナトラやトニー・ベネットは敬遠したのだろうか。

 本作『知りたくないの』(LPM/LSP-3396)は1965年2月9日から12日の4日間、テネシー州のナッシュビルにあるRCAナッシュビル・サウンド・スタジオで録音された。RCAレーベルはカントリー・ミュージックの分野でも一大勢力を築き、当時もエディ・アーノルド、ジム・リーヴス、ドン・ギブソン、スキーター・デイヴィスほかカントリー界のスター・シンガーを数多く擁し、ギターの名手でもあるチェット・アトキンスがプロデューサーとして睨みを利かせていた。
ペリー・コモのナッシュビルでのレコーディングは本作『知りたくないの』に始まる。カントリーとの相性のよさを実感したのか、コモはその後もしばしばこの地を訪れ、その成果は『知りたくないの』に加えて、1973年の『アンド・アイ・ラヴ・ユー・ソー』(SSJより発売中)と1975年の『ジャスト・アウト・オブ・リーチ』(APL1/APD1-0863)といった3枚のアルバムとして結実したが、ナッシュビルで録音された70余曲のうち、今回3曲が初リリースされるまで23トラックが未発表になっていた。
『知りたくないの』はコモにとってほぼ2年ぶりのスタジオ入りだった。1963年3月人気TV番組『ザ・ペリー・コモ・ショウ』にあやかったアルバム『ザ・ソングズ・アイ・ラヴ』(LPM/LSP-2708)のために12曲をレコーディングし、5月にシングル用の「ワン・モア・マウンテン」と「ドンチュー・フォーゲット・イット」を録音して以来である。
 そして、『知りたくないの』の次にくるのが、今回同時リリースされる1965年12月と1966年2・3月録音の『オルフェの歌』(LPM/LSP-3552)で、その後に1966年5月にわざわざイタリアのローマまで出かけて録音した『イタリアの思い出』(SSJレーベルより発売中)と続く。コモが得意とするスタンダード曲の故郷はニューヨーク(ブロードウェイ)と西海岸(ハリウッド)だが、カントリー(ナッシュビル)、ボサノヴァやラテン(中南米)、カンツォーネ(イタリア)と、異郷の地の音楽をテーマにしたアルバムを3連発したことは大変興味深い。“旅情三部作”といわれる所以である。因みに、これらのアルバムはビルボードのアルバム・チャートで、47位、86位、81位にランクされた。

 『知りたくないの』は@〜Kの12曲構成だが、追録の7曲はその年の6月に同じ場所、同じスタッフで録音されたもので、うち3曲は今回初めて陽の目をみる未発表作品。本アルバムは、1965年にペリー・コモがナッシュビルで吹き込んだ全曲を収録した、世界で初めてのコンプリート盤である。

【レコーディング・データ】
1965年2月9・10・11・12日/テネシー州ナッシュビル
メイン・ヴォーカル:ペリー・コモ
バックアップ・コーラス:アニタ・カー・クァルテット
 (アニタ・カー、ルイス・ナンリー、ギル・ライト、ドッティ・ディラード)
バックアップ・ミュージシャン:グレイディ・マーティン(g)、レイ・エデルトン(g)、ハル・ブラッドリー(g)、ジム・ウィルカーソン (g)、フロイド・クレイマー(p)、ブーツ・ランドルフ(sax)、ダッチ・マクミリン(sax)、キャム・マリンズ(tp, tb)、バディ・ハーマ ン(ds)、ボブ・ムーア(b)、チャーリー・マッコイ(hca)、ピート・ドレイク(steel g)ほか

編曲:アニタ・カー
プロデュース:チェット・アトキンス
1965年6月22・23日/テネシー州ナッシュビル
メイン・ヴォーカル:ペリー・コモ
バックアップ・コーラス:アニタ・カー・クァルテット
編曲:アニタ・カー

プロデュース:チェット・アトキンス

 



【 曲目 】
@ホエア・ダズ・ア・リトル・ティアー・カム・フロム?(小さな涙)
マージ・バートンとフレッド・マクレイ1964年の作品。ジョージ・ジョーンズのUA盤がヒットした。1965年2月11&12日録音。1965年2月9日録音。

Aファニー・ハウ・タイム・スリップス・アウェイ(時がたつのは早いもの)
1961年にウィリー・ネルソンが発表した歌で、1964年にジョー・ヒントンのバック・ビート盤がヒットした。1965年2月9日録音。

Bヒア・カムズ・マイ・ベイビー(私の恋人がやって来る)
1964年にドッティ・ウェストとビリー・ウェストが共作し、ドッティのRCA盤がヒットして、同年度のグラミー賞最優秀カントリー&ウェスタン女性歌唱賞を受賞した。1965年2月12日録音。

Cスイート・アドーラブル・ユー(可愛い憧れの君)
トーマス・ベイカー・ナイトの作品。1965年2月12日録音。

D知りたくないの
1953年にハワード・バーンズが作詞、ドン・ロバートソンが作曲して、レス・ポール&メリー・フォードのキャピトル盤とエディ・アーノルドのRCA盤がヒットした。わが国では日本語の歌詞で歌った菅原洋一のポリドール盤が1967年に大ヒットして、カントリー・ファンを越えて知られるようになった。1965年2月9日録音。

Eザット・エイント・オール
ジョー・D・ラウダーミルクの作品。1965年2月11日録音。

Fドリーム・オン・リトル・ドリーマー(夢で恋すれば)
1964年にジャン・クラッチフィールドとフレッド・バーチが共作した作品。ペリー・コモのこのレコードがビルボード・チャートの25位にランクするヒットとなった。1965年2月11日録音。

Gスタンド・ビサイド・ミー(私のそばにおいで)
1965年にトンポール・グレイザーが作詞作曲したナンバーで、翌66年にジミー・ディーンのRCA盤がヒットした。1965年2月12日録音。

Hア・ハチェット・ア・ハンマー・ア・バケット・オブ・ネイルズ
(斧とハンマーとバケツ一杯の釘)
サラ・グラハムとリチャード・アーラートが作詞、エディ・スナイダーが作曲した。1965年2月11日録音。

Iグリンゴのギター
シンディ・ウォーカーの作品。哀愁を帯びたメロディーとギター、そしてアニタ・カーの歌声がこのアルバム随一のムードを高めている。1965年2月9日録音。

Jマイ・オウン・ペキューリア・ウェイ(我が道)
これもウィリー・ネルソンの作品。1965年2月9日録音。

Kギヴ・マイセルフ・ア・パーティー(ひとりだけのパーティー)
1958年にドン・ギブソンが作詞作曲し、ギブソン自身のRCA盤がヒットした。1965年2月9日録音。

Lローミン・スルー・ザ・カントリー・サイド
ケンドール・ヘイズが書いた作品。今回初出の未発表録音。1965年6月22日録音。

Mバイバイ・リトル・ガール
ウェイン・P・ウォーカーとドン・シュローダーによる共作。1965年6月22日録音。今回初出の未発表録音。コモはこの曲とQを、半年後の1965年11月12日にニューヨークでレイ・チャールズ・シンガーズをバックにレコーディングしているが、そちらはシングル盤(47-8722)で出た。

Nバミン・アラウンド
ピート・グレイヴズが1953年に書いた作品で、ジミー・ディーンのフォースター盤とT・テックス・タイラーのデッカ盤がヒットした。1993年の3枚組のCDボックス『イエスタデイ&トゥデイ』(BMG 66098-2)が初出だった。1965年6月22日録音。

Oウーウィー・ウーウィー
シドニー・ロビン、ラモーナ・マリー・ウィトリー、ロナルド・ローレンス、ボニータ・アン・アンドレによる作品。シングル盤(47-8636)がビルボード・チャートの88位にランクされ、コンピレーション・アルバム『ジ・エッセンシャル・60’s・シングルズ・コレクション』(BMG → Taragon TARCD-1058)でCD化された。1965年6月22&23日録音。

Pサマー・ウィンド
1965年にハンス・ブラドキが独詞を書き、ヘンリー・マイヤーが作曲したナンバーで、ジョニー・マーサーが英詞をつけた。1966年にフランク・シナトラのリプリーズ盤がヒット。Oとのカップリングでシングル盤として出たあと、『イエスタデイ&トゥデイ』でCD化された。1965年6月23日録音。

Qミート・ミー・アット・ジ・オルター
チャック・ディールとダン・ディールの共作。今回初出の未発表録音。1965年6月23日録音。

Rビーディー・アイド・バザード
エディ・スナイダーとリチャード・アーラートが書いた作品。1965年6月23日録音。1969年のLP『シアトル』(RCA LSP-4183)でリリースされた。正式音源によるCD化は初めて。




(2007年9月8日 三具 保夫))
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