『ソー・イン・ラヴ+1』/
フランキー・ランドール Frankie Randall At It Again! +1/Frankie Randall

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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TOPSinatra Society of Japan presentsスタンダード・ヴォーカル・アルバムの復刻・発掘>『ソー・イン・ラヴ+1』/フランキー・ランドール

『ソー・イン・ラヴ+1』/
フランキー・ランドール
Frankie Randall At It Again! +1/
Frankie Randall
特別価格
 (XQAM-1028)
RCA → Frankie Randall
1965年/ロサンゼルス 日本初CD化
ボーナス・トラック1曲追加
>>購入する  

  シンガー=ピアニストとしてスタートし、全米規模の人気歌手となった1964年に始めるRCA時代の傑作。 尊敬するマーティ・ペイチの洒脱なアレンジを得て、バラードにスイング・ナンバーに シナトラ直系の溌剌とした歌を聴かせ、4曲でアート・ペッパー(as)が華を添える。
 


1. A Wonderful Day like Today/ア・ワンダフル・デイ・ライク・トゥデイ  >>試聴
2. (I Stayed) Too Long at the Fair/トゥー・ロング・アット・ザ・フェア  >>試聴
3.The Only One/ジ・オンリー・ワン  >>試聴
4. The More I See You/ザ・モア・アイ・シー・ユー  >>試聴
5. Speak Low/スピーク・ロウ >>試聴
6. So in Love /ソー・イン・ラヴ  >>試聴
7. Look for the Silver Lining/ルック・フォー・ザ・シルヴァー・ライニング  >>試聴
8. The Rules of the Road/ザ・ルールズ・オブ・ザ・ロード  >>試聴
9. Adios/アディオス  >>試聴
10. Hello, Young Lovers/ハロー、ヤング・ラヴァーズ  >>試聴
11. Impossible/インポッシブル  >>試聴
12. Next Time/ネクスト・タイム  >>試聴
13. Samantha/サマンサ  >>試聴

 

 フランキー・ランドールは1938年1月11日生まれだから来年早々70歳になるが、今もバリバリの現役としてパームスプリングスやラスヴェガスを中心に、年齢を感じさせない歌とピアノでファンを大いに沸かせている。
 本名はフランク・ジョセフ・リスボーナ。ニュージャージー州のバサイックで生まれたイタリア系アメリカ人で、高校時代16歳の時にピアノ・トリオを組んで弾き語りとして活動を開始した。最初のブレークは18歳で吹き込んだデビュー・アルバム『Relax’n With Chico Randall』(ルーレット R/SR-25092)だが、このレコードからはナット・キング・コールの影響が感じられる。
 その後ニューヨークや近郊で地道な活動を続けていたランドールは、マンハッタン52丁目にあったビストロの「ジリーズ」に迎えられた。「ジリーズ」はフランク・シナトラの親友ジリー・リゾーが経営する酒と中華料理と音楽を提供する店で、ニューヨークにおけるシナトラのハングアウトとして知られ、お客にはショウビズの人間も多かった。話はそれるが、「ジリーズ」にはのちにモンティ・アレキサンダー(p)も長期出演したが、モンティはシナトラとマイルス・デイヴィスがピアノの前で話し込むシーンを目撃している。モンティはふたりが何を話しているのか聞き耳を立てたが、ピアノの演奏中でよくわからなかったという。この店はもうないが、1962年の映画『影なき狙撃者』(主演はシナトラ)に出てくる。
 「ジリーズ」への出演中に、ランドールにふたつの出来事が起こった。ひとつはこの店での出演が始まって間もない頃、突然シナトラが入ってきたのだ。まだシナトラとジリーの関係を知らなかったランドールが仰天したことは言うまでもない。午前4時にショウが終わり店が閉まった後、シナトラはランドールのピアノで「いつかどこかで」を歌ってくれたという。
 もうひとつは評判を聞いたRCAレコードからレコーディングのオファーがあったことである。1964年第一作目の『Frankie Randall Sings & Swings/シングズ・アンド・スイングズ』(LPM/LSP-2967)でニューヨークのローカル・シンガーから全米規模で注目される歌手となったランドールが、その翌年吹き込んだのが本作『Frankie Randall At It Again!/ソー・イン・ラヴ』(LPM/LSP-3364)である。古くからのスタンダードと当時の新曲を織り交ぜ、バラードとスイング・ナンバーをバランスよくブレンドし、マーティ・ペイチ編曲指揮のオーケストラがバックを受け持った第一作の成功を踏襲しているが、ランドールの歌には明らかに変化が見られる。この頃までにランドールの歌はナット・コールというよりシナトラの影響が色濃く感じらさせるようになるが、本作では自己のスタイルの確立に一歩踏み出している。比較的素直に歌った一作目に比べ歌に対する自信が深まったのか、タイミングやフレージングにいっそうの余裕があるし、何よりも印象に残るのが、ピアノを移したようなスインガーでのパーカッシヴな歌いぶりだ。ピアニストであり楽譜に強いだけに、フレーズの崩しやタイミングのずらしが見事に決まっている。またペイソスあふれるバラードはシナトラ譲りといえるかも知れない。
 『Frankie Randall At It Again!』でさらなる成功を収めたランドールは、フランク・ハンターやマニー・アルバム、ジョー・ルネがアレンジを書いた『I Remember You』(LPM/LSP-3513)を経て、シナトラが信頼をおいていたアレンジャーのひとりビリー・メイと組んだ新たな音楽的アドベンチャー、1966年の『Going The Frankie Randall Way!/フランキー・ランドール・ウェイ』(LPM/LSP-3627)へと乗り出していく。

 録音は1965年2月ハリウッドのRCAスタジオで行われ、ACGKではアート・ペッパーのアルトが聴かれる。

 

 



【 曲目 】

@ア・ワンダフル・デイ・ライク・トゥデイ
 1964年にレスリー・ブリッカスとアンソニー・ニューリーが書き、ロンドンで上演されたミュージカル『ザ・ロアー・オブ・ザ・グリースペイント ―― ザ・スメル・オブ・ザ・クラウド』で紹介された。このミュージカルからはトニー・ベネットの歌で有名な「フー・キャン・アイ・ターン・トゥ」も生まれた。フランキー・ランドールは持ち前のリズム感を発揮して、快調に歌いきる。オープナーにふさわしい曲、そして歌だ。

Aトゥー・ロング・アット・ザ・フェア
 1957年にビリー・バーンズが作詞作曲して、レヴュー『ザ・ビリー・バーンズ・レヴュー』で紹介され、1963年にバーブラ・ストライザンドがコロンビアに吹き込んでから人気が出てきた。

Bジ・オンリー・ワン
 アン・クロスウェルが作詞、リー・ポクリスが作曲して、1963年のブロードウェイ・ミュージカル『トヴァリッシュ』でヴィヴィエン・リー(『風と共に去りぬ』のあのヴィヴィアン・リーではない)が紹介した。

Cザ・モア・アイ・シー・ユー
 1945年にマック・ゴードンが作詞、ハリー・ウォーレンが作曲して、ミュージカル映画『ダイヤモンド・ホースシュー』(日本劇場未公開)でディック・ヘイムズが歌った。ランドールは小粋にスイングしていくが、最後2回の繰り返しではバックに「ザ・コンチネンタル」のメロディーが聞こえ、そのメロディーで歌う。

Dスピーク・ロウ
 1943年にオグデン・ナッシュが作詞、クルト・ワイルが作曲して、ミュージカル『ワン・タッチ・オブ・ヴィーナス』で紹介された。1948年の映画化(『ヴィナスの接吻』)では、ディック・ヘイムズとエヴァ・ガードナー(アイリーン・ウィルソンが吹き替え)が歌った。

Eソー・イン・ラヴ
 コール・ポーターが作詞作曲して、1948年にブロードウェイ・ミュージカル『キス・ミー・ケイト』で紹介された。ポーターの歌はいろいろとアレンジ処理できる曲が多いが、このナンバーも同様。ここではかなりの急テンポでハードにスイングする。

Fルック・フォー・ザ・シルヴァー・ライニング
 1920年にバッド・デ・シルヴァが作詞、ジェローム・カーンが作曲して、ミュージカル『サリー』で紹介された。バラードで歌うと古臭くなってしまうが、ランドール=ペイチのコンビは、きりっとしたモダンなスイング・ナンバーに仕立てている。

Gザ・ルールズ・オブ・ザ・ロード
 1961年にキャロリン・リーが作詞、サイ・コールマンが作曲して、トニー・ベネットのコロンビア盤で紹介された。イントロで、リー=コールマンのコンビが作ったもうひとつの傑作「ザ・ベスト・イズ・イェット・トゥ・カム」のメロディーが引用される。

Hアディオス
 1931年にエディ・ウッズが作詞、エンリク・マドリゲラが作曲し、マドリゲラ率いる楽団のテーマ・ソングとなった。1941年にグレン・ミラー楽団のブルーバード盤がヒットしたほか、1952年にカナダ出身の歌手ジゼル・マケンジーのキャピトル盤がヒット。

Iハロー、ヤング・ラヴァーズ
 オスカー・ハマースタイン2世が作詞、リチャード・ロジャースが作曲して、1951年のブロードウェイ・ミュージカル『王様と私』でガートルード・ローレンスが紹介した。1956年の映画化では、この曲を歌うアンナに先ごろ亡くなったデボラ・カーが扮した(歌はマーニ・ニクソンによる吹き替え)。リチャード・ロジャースはワルツ曲を得意としたが、ランドールはジャズ・ワルツで颯爽と歌う。

Jインポッシブル
 パーソナリティー、作詞・作曲家、ピアニストほかマルチタレントぶりを発揮したスティーヴ・アレンの代表作。1956年に作られたポエティックなバラードで、ナット・キング・コールのキャピトル盤が名高い。

Kネクスト・タイム
 1964年にサミー・カーンが作詞、ジミー・ヴァン・ヒューゼンが作詞して、アン=マーグレットが同年の映画『マドリードで乾杯』で歌った。あまり知られていないナンバーだが、ヴァン・ヒューゼンの持つ都会的な雰囲気がよく出た佳曲だ。

Lサマンサ(未発表ボーナス・トラック)
 2006年にCD化された『シングズ・アンド・スイングズ』(M&I出版)のボーナス・トラックとして追録された『ビウィッチト』同様、1960年代の人気TVシリーズ『奥様は魔女』からの曲で、サマンサは主人公の名。作詞はハワード・グリーンフィールド、作曲はジャック・ケラー。このトラックのみモノラル。






(2007.11.9. 三具保夫)
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