『エヴリシング・アイ・ニード/キャロル・フレデット』/
キャロル・フレデット Everything I Need/Carol Fredette

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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TOPSinatra Society of Japan presentsスタンダード・ヴォーカル・アルバムの復刻・発掘>『エヴリシング・アイ・ニード』/キャロル・フレデット

『エヴリシング・アイ・ニード』/
キャロル・フレデット
Everything I Need/
Carol Fredette
特別価格
 (XQAM-1034)
原盤:Brownstone
録音: 1995年/ニューヨーク スティーヴ・キューンと共演した
ニューヨークの実力派による快作、
10年ぶりの復刻!
>>購入する  

  キャロル・スローンが推薦人に名を連ねる米東海岸の実力派で、その歌唱力には定評がある。 本作は、才人ボブ・ドロー&デイヴ・フリシュバーグの作品集で、1曲ずつふたりとデュエットしている。 リー・コニッツ、クリス・ポッターを始めとする豪華サイドメンにも注目を!
 


1. I've Got Just About Everything/アイヴ・ガット・ジャスト・アバウト・エヴリシング  >>試聴
2. I Could Care Less/アイ・クッド・ケア・レス  >>試聴
3. Wheelers and Dealers/ウィーラーズ・アンド・ディーラーズ  >>試聴
4. Let's Eat Home/レッツ・イート・ホーム  >>試聴
5. Listen Here/リッスン・ヒア >>試聴
6. Devil May Care/デヴル・メイ・ケア  >>試聴
7. Never in a Single Year/ネヴァー・イン・ア・シングル・イヤー  >>試聴
8. Wouldn't You? (Woody 'n' You)/ウドゥント・ユー?(ウディ・ン・ユー)  >>試聴
9. Nothing Like You/ナッシング・ライク・ユー  >>試聴
10. Love Came on Stealthy Fingers/ラヴ・カム・オン・ステルシー・フィンガーズ  >>試聴
11. Zanzibar/ザンジバル  >>試聴
12. Zoot Walks In (The Red Door)/ズート・ウォークス・イン(ザ・レッド・ドア)  >>試聴
13. I Got to Get Me Some ZZZ/アイ・ガット・トゥ・ゲット・ミー・サム・ZZZ  >>試聴

 

歌と言葉の名手、それがキャロル・フレデット

 歌いかつ語り、語りかつ歌うことは傍でみるほど簡単ではない。これを能くするものは元より表現力に富んでいるので為すに労せず、傍目にも易々とみえるのだ。最も難しいのは歌と語りのバランスで、歌意への理解が不可欠の前提。歌い方がぞんざいに聴こえるからこうした配慮を見落としがちだが、この気配りなくしては絶対に成立しない。ジャズ・ヴォーカルのこの分野での第一人者はマット・デニス、ボビー・トゥループ、ボブ・ドローあたりで、女性ではペギー・リーだろう。ペギーは詠唱力も抜群だが、語尾の微妙なはずし方など語り歌いの極意も弁えている。投げ節ペギーといわれる所以である。
  キャロル・フレデットはこうした系譜に連なる白人女性シンガーである。まずは拙文を読むより一曲目「アイヴ・ガット・ジャスト・アバウト・エヴリシング」にご傾聴ありたい。いきなりベース伴奏だけで飛び出す呼吸のよさ。ブラッシュ、ピアノが加わるに及んで一層テンションをあげ噴水のように言葉を舞いあげる。歌っては語り、語っては歌う奔放自在な表現に驚かれるはずである。さらに聴きこめばその間のよさ、軽いテンポに乗って歌詞のすべてのシラブルが水しぶきのように弾け、キラキラと輝いている。そう、涼しい顔で何ほどのこともないと歌いながら、実は繊細しなやかな技量、隅々にまで行きとどくコントロールのよさが彼女のバックボーンにはあるのだ。
 そしてこのアルバムを一層ユニークなものにしているのがボブ・ドローとデイヴ・フリシュバーグの作品集という点だ。ドローの名はすでにあげたが、フリシュバーグも小味な機智では負けていない。彼らはいずれもシンガー/ピアニストであり作詞・作曲も得意なマルチ・タレントの持ち主。しかし特異過ぎる個性の持ち主だから、その作品は本来的に余人に歌われることを欲しない。メル・トーメ、アニタ・オデイ、ローズマリー・クルーニー、ダイアナ・クラール、ダイアン・ハブカらが彼らの曲を歌ってきたが、これらの名人も作品集とまでは至らない。彼らの曲は作者自身の個性をとおしてようやく完結する性質のものである。いわばシンガー・ソングライターに近い存在である。したがって彼らのソングブック・アルバムは非常に難易度が高い企画となる。ではこれにチャレンジしたキャロル・フレデットとはどのようなシンガーなのだろう。

 キャロルは音楽的にめぐまれた環境に生まれた。年齢は詳らかではないが1940年前後の生まれと推定される。育ったのはニューヨーク市ブロンクスで、叔父には1950年代にドン・エリオット楽団のトランペッター/歌手だったマーティ・ベルがいる。父親はクラシック音楽のファンで、彼女の最も古い記憶は彼女の歌にあわせて父がピアノを弾いてくれたことだそうだ。またルーマニアのグリゴラシュ・ディニクが作ったヴァイオリンの技巧曲「ホラ・スタッカート」のレコードをかけるとベビー・サークルのなかで跳んだりはねたりして、リズムを外さなかったとか。兄姉はジャズ好きで家ではスタン・ケントンを聴いていたらしい。キャロルが最初に憧れたジャズ・ミュージシャンはチェット・ベイカーで、まるでトランペットを吹くように歌うところに惚れ込んだ。続いてスタン・ゲッツ、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、ズート・シムズ。影響をうけた歌手はカーメン・マクレエ、ペギー・リー、フランク・シナトラ、ジョー・ウィリアムズ、ビリー・ホリデイなど。キャロルはビリーについてこう言っている。
 「彼女の才能には驚かされました。あの音楽性、あのスウィング感がわたしをとらえたのです。彼女の情感、歌の感じ方には感服しました」。そう、ビリーも情動を全面に出しながら歌曲の構造を壊さず、巧みに歌い語りした名手であった。
 高校卒業後、フロリダ州立大学に通うが歌手になる決心をかため一年でニューヨークに戻った。帰郷の夏は毎週末、叔父マーティ・ベルのバンドで歌いながらスタンダード修行を積んだ。この頃ラリー・エルガート、ニール・ヘフティのバンドでも歌っている。その後プロになって20年間は海外も含むツアーをこなし、1978年からニューヨークに腰を落ち着けている。以降、「ブルーノート」「マイケルズ・パブ」「ファット・チューズデイ」などマンハッタンの有名クラブを中心に活躍を続けてきた。主な共演者はハンク・ジョーンズ、スティーヴ・キューン、ロン・カーター、バッキー・ピザレリ、リー・コニッツ、メル・ルイス、アル・コーン、そしてデイヴ・フリシュバーグほか錚々たる顔ぶれである。

アルバムと作曲者について

  『エヴリシング・アイ・ニード』はキャリアの割に寡作なキャロルの4枚目のアルバムである。前述のようにデイヴ・フリシュバーグとボブ・ドローの作品集で、ボブ・ドローは、ニューヨークの音楽シーンの大物で作詞や音楽出版に携わるレイ・パスマンとともにプロデューサーもつとめている。共演者の豪華さも魅力で、リズム・セクションはスティーヴ・キューン(pf)、ジョージ・ムラツあるいはルーファス・リード(b)、ビリー・ドラモンド(dms)。曲によって、ルー・ソロフ(tp)、リー・コニッツ(as)、クリス・ポッター(ts, as, fl)ほかが加わる。

■ボブ・ドロー

ピアノの弾き歌い、作詞、作曲となんでもござれの才人で、マイルス・デイヴィスとレコード共演したことでも著名。1923年アーカンソー生まれのテキサス育ち。第二次大戦中は軍楽隊に所属、除隊後は(現在の)北テキサス州立大学で作曲を専攻する。1949年にニューヨークに出て、元ボクサーであるシュガー・レイ・ロビンソンのショウの音楽監督に就任。このショウはヨーロッパにも巡演し、ドローはその後長いつきあいとなるブロッサム・ディアリーとパリで出会っている。代表作は1956年に発表した「デヴィル・メイ・ケア」、1962年にベン・タッカー(b)と共作しメル・トーメのレコードで大ヒット曲した「カミン・ホーム・ベイビー」。ABC-TVから放映された小学生向けのアニメ教育番組『スクールハウス・ロック』ではフリシュバーグとともに多くの曲を提供した。
■デイヴ・フリシュバーグ
1933年ミネソタ生まれ。1960年代からジャズ・ピアニストとして活動をはじめる。1970年にCTIレーベルから発表された『オクラホマ・トウド』は都会的なソフトロック・サウンドとヒキガエルのアップという特異なジャケットで評判を呼び、現在ではカルト作品としてジャンルを超えてファンから珍重されている。機智と皮肉に富んだ作風で、代表作は初期の「ピール・ミー・ア・グレープ」、ブロッサム・ディアリーが歌った「アイム・ヒップ」(作曲はボブ・ドロー)、このアルバムにも収録されている「ウィーラーズ・アンド・ディーラーズ」など。

 



【 曲目 】

@アイヴ・ガット・ジャスト・アバウト・エヴリシング(曲・詞:ボブ・ドロー)
前述のようにその呼吸、その間、その発音の見事さを聴くべき一曲。アルバム劈頭を飾るにふさわしい華やかさ。

Aアイ・クッド・ケア・レス(曲・詞:ボブ・ドロー&デイヴ・フリシュバーグ)
ロレンツ・ハートが作詞、リチャード・ロジャーズが作曲して、1942年のブロードウェイ・ミュージカル『バイ・ジュピター』でロナルド・グラハムが紹介した。日本ではなじみが薄いが、優しさと気品溢れる素晴らしい作品だ。バラードを得意とするキャロルの繊細さがよく出ている。

Bウィーラーズ・アンド・ディーラーズ(曲・詞:デイヴ・フリシュバーグ)
1976年の作品。自演盤のほかにアイリーン・クラール、ジャッキー・アンド・ロイなどの盤がある。サンバ調のリズムにのせて、ここでのキャロルはホットに迫る。

Cレッツ・イート・ホーム(曲・詞:デイヴ・フリシュバーグ)
世界中の美食を堪能しても「お家のごはんが一番」と歌われる。出てくる地名は韻を踏むだけで意味はないが、踊るがごとく歌うキャロルの発音を楽しんでいただければ。

Dリッスン・ヒア(曲・詞:デイヴ・フリシュバーグ)
機智で聴かせる曲とは打ってかわってリリシズムが溢れる。かつてニューヨーク・タイムズ紙はフリッシュバーグを「ジャズ作曲界のスティーヴン・ソンドハイム」と評したというが、その片鱗はここにある。キャロルとキューン、ムラツ(アルコ)による室内楽の趣。

Eデヴィル・メイ・ケア(曲:ボブ・ドロー/詞:テレル・P・カーク)
ボブ・ドロー初のリーダー・アルバムのタイトル曲だが、このベツレヘム盤がジャズ・ヴォーカルの歴史に与えた影響は大きい。男女いずれが歌ってもいいが、キャロルの歌は焦れて捨鉢な女心、拗ねた江戸町娘の風情。

Fネヴァー・イン・ア・シングル・イヤー(曲・詞:ボブ・ドロー)
ドローとのデュエット。結婚直前、互いに夢中な男女。それでもなお惚気、請い合う二人。傍からみれば岡目八目なのだが、まあこんなもんでしょうラヴラヴは。ドローのアレンジは豪勢に管を使い歌にふさわしいコージーな味。

Gウドゥント・ユー?(曲:ディジー・ガレスピー/詞:ボブ・ドロー&レイ・パスマン)
原曲はディジー・ガレスピー1944年の「ウディ・ン・ユー」。ドローと共同プロデューサーのレイ・パスマンが語呂から発想してキャロルのために詞をつけた。キャロルのスキャットが聴きもの。

Hナッシング・ライク・ユー(曲:ボブ・ドロー/詞:フラン・ランズマン)
キャロルはどんなに込み入った個所でも歌詞を大切に切り抜ける。この器楽的なドローのアレンジでも、あたかもホーンの一員のようだ。

Iラヴ・ケイム・オン・ステルシー・フィンガーズ(曲・詞:ボブ・ドロー)
密やかにやってきた恋に慄く女心。恋の甘さも、恋のつらさも知っているのにいまふたたび? 知性も経験もある、大人の女の揺れる想いが見事に描きだされる。

Jザンジバル(曲・詞:デイヴ・フリシュバーグ)
ザンジバルはタンザニアの東、インド洋に浮かぶ島。「そこへ行くなら気をつけて、魅惑されて帰れなくなるから」といったほどの歌意。快適なビート、心地よいコード・チェンジ、そして未知への憧れを歌うキャロル。

Kズート・ウォークス・イン(曲:ズート・シムズ&ジェリー・マリガン/詞:デイヴ・フリシュバーグ)
原曲はインストの「ザ・レッド・ドア」。両作者はフリシュバーグのリーダーでもあった。「ズートが来ればバンドはスウィングしてしまう」という詞をつけた。キャロルはヴォーカリーズにスキャットに秘術をつくす。

Lアイ・ガット・トゥ・ゲット・ミー・サム・ZZZ(曲・詞:デイヴ・フリシュバーグ)
通常は歌詞に使わないビタミンとかホルモンなどの言葉が頻出。ユーモラスという以上にナンセンスで可笑しい。フリシュバーグがアレンジとピアノ、そしてデュエットで加わっている。






(2009.2.18. 小針俊郎)
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