『ホワット・イズ・ゼア・トゥ・セイ?+2』/ビヴァリー・ケニー』/
ビヴァリー・ケニー What Is There to Say? + 2/Beverly Kenney

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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TOPSinatra Society of Japan presentsスタンダード・ヴォーカル・アルバムの復刻・発掘>『ホワット・イズ・ゼア・トゥ・セイ?+2』/ビヴァリー・ケニー

『ホワット・イズ・ゼア・トゥ・セイ?+2』/
ビヴァリー・ケニー
What Is There to Say? + 2/
Beverly Kenney
\2800 (XQAM-1035) 原盤:Cellar Door
録音: 1958年/ニューヨーク(1-6, 12)、
1956年ごろ(7-10) 、2008年(11)
まだまだあった
ビヴァリー・ケニーの未発表音源

本CDをお買い上げの方全員に
貴重なビヴァリーの写真を差し上げます。
期限は2010年2月末日です。

ご購入はこちら
>>購入する  

  深く埋もれていたビヴァリー・ケニーの未発表音源をまたまた発掘! 今回は、ビヴァリー最後の恋人によるメモワールと名ジャズ・カメラマンのチャック・スチュワート 撮影の未発表写真をおさめた貴重なブックレットを添付!
 


1. What Is There to Say?/ホワット・イズ・ゼア・トゥ・セイ  >>試聴
2. I Hate Rock and Roll/アイ・ヘイト・ロックンロール  >>試聴
3. The Surrey with the Fringe on Top/飾りのついた四輪馬車  >>試聴
4. Makin' Whoopee/メイキン・ウーピー  >>試聴
5. The More I See You/ザ・モア・アイ・シー・ユー >>試聴
6. Taking a Chance on Love/恋のチャンスを  >>試聴
7. Swing and Sway/スウィング・アンド・スウェイ  >>試聴
8. Charleston Fling/チャールストン・フリング  >>試聴
9. I'm Ready for the Show/アイム・レディ・フォー・ザ・ショウ  >>試聴
10. Tappin' Out a Merry Beat/タッピン・アウト・ア・メリー・ビート  >>試聴
11. I Don't Believe in Love/アイ・ドント・ビリーヴ・イン・ラヴ  >>試聴
12. Interview/インタビュー  >>試聴

 

 私はビヴァリー・ケニーが活躍していた時代からずっと彼女のファンである。だから1960年に彼女が死んだと聞いたときのショックと寂しさは今でもはっきりと覚えている。私は10代後半で彼女は28歳だったから、それほど遠い存在ではなかった。それから数十年たったが、ファンとしての気持ちはいささかも変わっておらず、彼女が残した6枚のLPを何度ターンテーブルに乗せてきたことだろう。そして、インターネットの時代が新たな楽しみをもたらしてくれた。

 2000年のころだったと記憶しているが、私は初期のブロガーの仲間入りを果たした。正確にはまだブログ前史の時代である。私は長年愛と情熱を注いできたジャズ・シンガーや歌に関するウェブページを時間の許す限り充実し更新していたが、ビヴァリーについて書くことは自然の成り行きだった。ビヴァリーに関して最初に驚かされたことは、インターネットの初期の時代にあってさえ、“Beverly Kenney” とキーインするとサーチ・エンジンによって膨大な数の日本語ページがもたらされたことである。一方、アメリカやヨーロッパからの反応はほぼゼロに等しかった。

 ビヴァリーに関して、私はブログを通していろいろな人と交流するようになった。ファンからのメールや手紙だけでなく記事のクリップ、さらに彼女の友人だった人びとや遺族、業界人からも情報の提供を受けた。今回のリリースにあたってブックレットに収められているモート・ローウィンスタインによるメモワールもそのひとつで、ビヴァリーについてインターネットにいろいろと書き込んでいたら、2004年突然送られてきたものである。
1960年代から90年代にかけてニューヨークの広告会社の役員として成功していたモートは時間をみつけては著述に情熱を傾けていたが、そのひとつが送られてきたこのフィクション的自伝で、その中の一章はビヴァリーにとっての最後の2年間にわたるモートとのロマンスが綴られていた。

 私はやっと彼を捜しだし電話で話す機会を得た。メモワールの主人公は “Sven” だが、その部分だけがフィクションで、ほかの人物の名前も時も場所もすべて事実だという。私は彼と電話友達となり、いろいろなことについて際限ないほどに会話してきたが、ときとしてビヴァリーに話が及んだことは言うまでもない。あるとき、私は彼に聞いてみた。「奥さんがこのことを知ったら気分を害するんじゃないかな」。彼の答は予想外だった。「私がハッピーならワイフもハッピーさ」。私はモートと旧友のミリー・パーキンスを再び結びつける手助けもした。ふたりは40年ぶりに電話で旧交を温めている。

 モートは現在夫人とフロリダ州の東海岸にある風光明媚な土地でゆったりと引退生活を送りながら、孫たちとウィンド・サーフィンに興じ、海岸の保全と動物の保護活動に勤しんでいる。最大の誇りは1991年、50年にわたってペアを組んでいる弟のダニーと出場したフロリダ州のテニス選手権の男子ダブルスで優勝したことだという。


 ブックレットに掲載されている著名なジャズ写真家のチャック・スチュワートよる初公開写真についても触れておこう。彼はビヴァリーのルースト盤LPのジャケット写真を撮っていたので、彼にコンタクトせねばと思った。彼の電話番号を見つけるには少々手間取ったが、受話器から「まだほかにも何枚かあるよ」という声が返ってきたときは「やった!」と思った。ブックレットに掲載されている写真は、紛れもなくベイシーアイツとのセッション・フォトである。


 ビヴァリーが1950年代中ごろに吹き込んだ本CDF〜Iは、キンボー・エデュケーショナル所有の音源で、レコーディングに立ち会ったガートルード・キンブル夫人がわれわれの求めに応じて、何時間も倉庫に入り捜し出すことに成功した半世紀以上前の録音である。さらに嬉しいことに、夫人はビヴァリーのいたずら書きの入った楽譜も発見してくれた。そんなお宝もブックレットに掲載されている。


 私はこの場を借りて、ガートルード・キンブル夫人、チャック・スチュワート、モート・ローウィンスタインに深く感謝するだけでなく、長年にわたってビヴァリーに関する知識の集積の手助けをしてくれた以下の方々にも同様の謝辞を送りたい。フレッド・スタック、ジョナサン・シュワルツ、デイヴィッド・エアリンスタイン、ジェイ・カトウ、小野タカシ、レイ・パスマン、高田敬三、デイヴ・ウィーナー、ラリー・ローウィンスタイン、ミリー・パーキンス、オードリー・モリス、ラルフ・パット、ベヴ・ケリー、アラン・スタム、イヴァン・モーガル、ダイアン・ハブカ、そして多くのソングバードたち(敬称略)。

(ビル・リード)

 


【 曲目 】

@ ホワット・イズ・ゼア・トゥ・セイ?
E.Y.ハーバーグが作詞、ヴァーノン・デュークが作曲して、レビュー『ジーグフェルド・フォリーズ・オブ1934』でジェーン・フローマンとエヴェレット・マーシャルが紹介した。ビヴァリーはエリス・ラーキンス(p)とジョー・ベンジャミン(b)のみをバックに1957年のアルバム『ビヴァリー・ケニー・シングズ・フォー・プレイボーイズ』(デッカ)でも歌っているが、スキッチ・ヘンダーソン指揮のオーケストラ伴奏の本トラックとは趣を異にしている。@とAは、1958年5月18日放映の『ザ・スティーヴ・アレン・ショウ』から。

A アイ・ヘイト・ロックンロール
ビヴァリーは恋人だったエッセイストで評論家のミルトン・クロンスキー(ブックレットにも登場する)の勧めで詞を書くようになったが、この歌はビヴァリーの歌詞。当時のヒット映画『理由なき反抗』(1955)や主演のナタリー・ウッドを引用し、ブルー・スエード・シューズ(プレスリーのヒット曲)はイヤ、ヒット・レコードが出なくてもかまわないと、ロックを明るく歌い飛ばす。ジャジーな符割りとスイング感が見事だ。残念ながら正式な録音は残していない。作詞はレイ・パスマン。

B 飾りのついた四輪馬車
1943年のブロードウェイ・ミュージカル『オクラホマ!』のためにオスカー・ハマースタイン2世が作詞、リチャード・ロジャースが作曲した。1955年の映画化では、ゴードン・マクレイ、シャーリー・ジョーンズ、シャーロット・グリーンウッドが歌った。ビヴァリーの得意曲だったのだろう、デビュー・アルバム『ビヴァリー・ケニー・シングズ・フォー・ジョニー・スミス』(ルースト)で歌っていたし、ルーストと契約するきっかけとなったデモ録音(未発表音源集『二人でお茶を』に収録)も残している。B〜Eは1958年12月11日の『ジ・アート・フォード・ジャズ・パーティー』から。このショウはパーソナリティーのアート・フォードをホストに1958年の5月から12月までニューヨーク地区の独立局WNTAでテレビとラジオで同時放送されていた。

C メイキン・ウーピー
1928年のミュージカル『ウーピー』のために、ガス・カーンが作詞、ウォルター・ドナルドソンが作曲し、エディ・キャンターが紹介した。ビヴァリーは1956年録音の『ビヴァリー・ケニー・シングズ・ウィズ・ジミー・ジョーンズ・アンド・ザ・ベイシーアイツ』(デッカ)で取り上げていた。

D ザ・モア・アイ・シー・ユー
この曲もベイシーアイツとのアルバムで歌っている。マック・ゴードン(作詞)とハリー・ウォーレン(作曲)のコンビによる作品で、映画『ダイヤモンド・ホースシュー』(1945・日本劇場未公開)でベティ・グレイブルと共演したディック・ヘイムズが歌った。

E 恋のチャンスを
ジョン・ラトゥーシェとエディ・フェターが作詞、ヴァーノン・デュークが作曲し、1940年のミュージカル『キャビン・イン・ザ・スカイ』でエセル・ウォーターズとドゥーリー・ウィルソンが紹介した。番組の都合か、ビヴァリーの歌は途中でフェイドアウトしていく。

F スウィング・アンド・スウェイ
G チャールストン・フリング
H アイム・レディ・フォー・ザ・ショウ
I タッピン・アウト・ア・メリー・ビート

これら4曲はダンスの教則レコードのための吹き込み。ゆえにバックのビートはハッキリしているし、ビヴァリーもほとんど崩さず歌っている。スリルがないといえばそれまでだが、楽譜に忠実に歌っているレコードはかえって貴重かも知れない。キンボー・エデュケーショナルというニュージャージーのロング・ブランチにあるレコード会社への吹き込みで、社長のロバート・キンブルの作詞作曲と言われる。CD『二人でお茶を』にボーナス・トラックとして収録されている「ゲイ・チックス」も同レーベルの音源。

J アイ・ドント・ビリーヴ・イン・ラヴ(ボーナス・トラック)
これもビヴァリーとパスマンの作品。ビヴァリーの録音は見つからなかったので、現代のハスキー・ヴォイス、ダイアン・ハブカにギターの弾き語りで特別に吹き込んでもらった。恋多き女性だったビヴァリーの作詞と思うと興味津々だ。2008年11月15日の録音。

K インタビュー(ボーナス・トラック)
『ジ・アート・フォード・ジャズ・パーティー』で行われたインタビューの中から興味深い部分を抜粋した。パート1で、ビヴァリーは21歳と紹介されるがこのとき26歳だった。相当にサバを読んでいる。ジャズ・シンガーとポップ・シンガーの違いについて聞かれるが、アメリカでも昔から議論になっていたテーマだということがわかる。ビヴァリーは明快に「フレージング」と答え、シナトラを例に挙げる。パート2では、レコードをよく聴くシンガー、影響を受けたシンガーを尋ねられる。「一番影響を受けたのはビリー・ホリデイ」。そして「最近は影響を受けにくい歌手、例えばアニタ・エリスが好き」という面白い答。「それより演奏者からの影響の方が大きいわ。その筆頭はスタン・ゲッツね」。そのあとのアート・フォードの指摘が興味深い。「アニタ(・オデイ)もビリーもエラもスイング時代から歌ってきた。ビヴァリー、あなたはモダンジャズの影響からスタートした最初の女性ジャズ・シンガーということになる」。

(2009.6.7. 三具保夫)

≪ビヴァリー・ケニー未発表音源シリーズ≫

『二人でお茶を/Snuggled On Your Shoulder』
  (CD: XQAM-1003 11曲)
  (LP: XQAM-4001 10曲)
ルーストからデビューする前年に吹き込まれたデモ音源。
普段着ともいえるリラックスしたビヴァリーが垣間見られる
貴重な音源。

『ロンリー・アンド・ブルー/Lonely and Blue』
  (CD: XQAM-1022)
  (LP: XQAM-4003)
1950年ごろに吹き込まれたレア音源。新曲を紹介するための
デモ録音で、20歳当時の清楚で初々しい歌声が魅力だ。



 

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