『アフターソーツ』/オードリー・モリス』/
オードリー・モリス Afterthoughts/Audrey Morris 

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

topchronologydiscographyfilmographybest 10interviewsSSJ presentsfan clubshopblogmail

SSJ presents shop

misic bird

amazon

天然石 パワーストーン

 

sinatra society of japan
TOPSinatra Society of Japan presentsスタンダード・ヴォーカル・アルバムの復刻・発掘>『アズ・タイム・ゴーズ・バイ/ジョー・スタッフォード』

『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』/
ジョー・スタッフォード
As Time Goes By/
Jo Stafford
\2520 (XQAM-1050) 原盤: Reader's Digest
録音:1967〜70年 世界初CD化・日本初リリース
>>購入する  

熱心なヴォーカル・ファンもノー・マークだった、20世紀を代表するジョー・スタッフォードの貴重なスタジオ録音を発掘! ジョー最後のアルバムといわれたドット盤(1966年)のあとの時代に、新旧のスタンダードを快唱している。
 


1. I Believe in You/アイ・ビリーヴ・イン・ユー>>試聴
2. As Time Goes By/アズ・タイム・ゴーズ・バイ>>試聴
3. Quiet Nights of Quiet Stars (Corcovado)/コルコヴァード>>試聴
4. I'll Be Seeing You/アイル・ビー・シーイング・ユー>>試聴

5. September in the Rain/九月の雨 >>試聴

6. Somewhere My Love (Lara's Theme)/サムホエア・マイ・ラヴ(ララのテーマ)>>試聴
7. People/ピープル>>試聴
8. A Ghost of a Chance/ア・ゴースト・オブ・ア・チャンス>>試聴

9. Stormy Weather/荒れ模様>>試聴

10. Try to Remember/トライ・トゥ・リメンバー>>試聴
11. What the World Needs Now Is Love/世界は愛を求めている>>試聴
12. Silver Threads Among the Gold/銀色の糸>>試聴
13. The Party's Over/ザ・パーテイーズ・オーバー>>試聴

 

            見過ごされてきたジョー・スタッフォードの貴重な音源

 今年の春1か月ほど、『ジャズ批評』誌の2011年5月号(#161)の「ドリス・デイ、ローズマリー・クルーニー、ジョー・スタッフォード」大特集の作業にドップリと浸かり、おもにディスコグラフィーの作成や解説、ジャケットの提供などに日々を費やした。多少の欠落はあれど、アルバムに関してはかなりしっかりした資料が出来上がったと思うが、もともとデータが集めやすいDDやロージーに比して、ジョー・スタッフォードは難しい面があった。時間的にもスペース的にも制約があり、ザ・パイド・パイパーズ時代のものは十分に反映出来なかったし、ドット・レコード後の時代についてもじっくりと見極められなかったことは心残りである。
 そして、雑誌が発行されてからしばらく経ってから、ジョー・スタッフォードがリーダース・ダイジェストにレコーディングしていたという情報を思い出した。ベヴ・ケリーが同社に吹き込んだ『ロング・アゴー・アンド・ファー・アウェイ』(SSJ XQAM-1048)をリリースするために2010年同社とコンタクトをとったことでルートは出来ていたので問い合わせてみると、間を置かずして「1967年から70年にかけて21曲吹き込んでいる」との連絡が入った。雑誌の出版が本業のリーダース・ダイジェスト社のレコードはメジャーからのライセンスあるいは自ら録音して通信販売を通じて売られていたため、音楽メディアに登場することはほとんどなく一部の目敏いファンが特定のタイトルをひそかにコレクトしてきたに過ぎない。
 リーダース・ダイジェスト社への録音が『ジャズ批評』の特集からもれてしまったことは申し訳なかったが、こうしてCDとして陽の目を見たことでご容赦いただきたい。今回は21曲から13曲を抽出している。懐かしいスタンダードから録音当時の人気曲までバラエティーに富んだ構成になっているが、高音域を活かしたジョー独特の凛とした歌声や息の長いフレージングは健在だし、夫君ポール・ウェストンのツボをおさえた品格ある編曲と相俟って高水準のアルバムになっている。
 なお、未収録の8曲は来年に発売を予定しているが、CD1枚に8曲というのはいかにも少ないので、いろいろ考えた末、リーダース・ダイジェスト社が有するヴィック・ダモンの全5曲とカップリングすることにした。これら5曲はダモンが編曲の神様ネルソン・リドルと吹き込んだ唯一のセッションである。ご期待いただきたい。

                ジョー・スタッフォードのプロフィール

 スコットランド系の一家の三女としてカリフォルニア州中部フレズノに近いコウリンガで1917年11月12日に生まれた。本名はジョー・エリザベス・スタッフォード。
一家はロングビーチへ移り、ジョーは12歳から5年間オペラのヴォイス・トレーニングを積み、高校ではグリークラブで活躍した。二人の姉クリステーンとポーリーンはカントリー&ウェスタンを歌ってハリウッドのラジオ局に出演していたが、1935年に高校を卒業すると姉たちのグループに参加してザ・スタッフォード・シスターズとしてラジオ番組や映画のバックで歌った。1938年男性7人とコーラス・グループのザ・パイド・パイパーズを結成し、トミー・ドーシー楽団のアレンジャーだったポール・ウェストンとアクセル・ストーダルの引きで同楽団のラジオ・ショウに出演したことが縁で、1939年に楽団から正式に迎えられたが、このときまでにメンバーは4人になっていた。
 1942年にドーシー・バンドから離脱し1944年にキャピトル・レコードと契約するが、ジョーはこの年にソロとなり、キャピトルの音楽監督となっていたウェストンとのコラボレーションで「キャンディ」(ジョニー・マーサーとのデュエット)「ザッツ・フォー・ミー」「セレナーデ・オブ・ザ・ベルス」「魅惑の宵」ほかのヒットを放ち、戦時中は兵士の間で絶大な人気を博し “G・I・ジョー”と親しまれた。
1950年コロンビアに移りさらに「シュリンプ・ボーツ」「ジャンバラヤ」「メイク・ラヴ・トゥ・ミー!」、そしてシグネチャー・ソングの「ユー・ビロング・トゥ・ミー」ほかをヒットさせ、アルバムもコンスタントに発表してコロンビアの看板歌手となっていく。その間の1952年にウェストンと結婚した。
 ジョーの特徴のひとつに音楽的な柔軟性がある。コーラス出身で歌唱力もあるだけに協調性に優れ、ジョニー・マーサーやゴードン・マクレイ、フランキー・レインらとデュオ・レコードを吹き込みヒットさせたし、レパートリー的にもカントリー&ウェスタン、賛美歌、アメリカやスコットランドの民謡などを格調高く歌ったが、その極めつけはウェストンのピアノと組んだジョナサン&ダーリーン・エドワーズの変名によるわざとピアノと声のキーを外して演じた冗談音楽のシリーズだろう。二作目1960年の『ジョナサン&ダーリーン・エドワーズ・イン・パリ』(コロンビア)はグラミー賞で最優秀コメディー・アルバム賞を獲得している。しかし、1960年代半ばから活動を緩め、1975年には音楽界から完全に退き、2008年7月16日にロスに隣接するセンチュリー・シティーで心不全のために亡くなった。
 ジョー・スタッフォードといえば、日本では『ジョー+ジャズ』(1960・コロンビア)だけ(?)がやけに有名だが、もっと幅広いそしてどの分野においても第一級のヴォーカリストだったことはもっともっと認識されてしかるべきである。

                       曲目について

@アイ・ビリーヴ・イン・ユー
1961年のブロードウェイ・ミュージカル『ハウ・トゥ・サクシード・イン・ビジネス・ウィズアウト・リアリー・トライング』のためにフランク・レッサーが作詞作曲した。1966年の映画化『努力しないで出世する方法』でもロバート・モースが歌った。何気なく歌っているようだが、ジョーの乗りのよさが発揮されたナンバー。トミー・ドーシー楽団を引き継いだウォーレン・コヴィントン(tb)が歌にも達者なところを見せる。スウィンギーで闊達、ゴージャスな開幕だ。

Aアズ・タイム・ゴーズ・バイ
1931年のレヴュー『エヴリバディズ・ウェルカム』のためにハーマン・ハップフェルドが作詞作曲したが、映画『カサブランカ』(1942)でドゥーリー・ウィルソンが歌って一躍有名になった。ジョーはザ・パイド・パイパーズと一体となって佳き時代のサウンドを醸し出している。

Bコルコヴァード
ジョーとしては珍しいボサノバ・ナンバー。1960年にアントニオ・カルロス・ジョビンがポルトガル語で作詞作曲し、1962年にジーン・リーズが英詞を書いた。アメリカでの初レコーディングはトニー・ベネット。ジョーは間奏のあとフェイクしタイミングをずらすなど自在に歌っている。ジョー独特のクールな感覚がボサノバにマッチしている。

Cアイル・ビー・シーイング・ユー
1938年にアーヴィング・カールが作詞、サミー・フェインが作曲して、レヴュー『ライト・ジス・ウェイ』でタマラが紹介したが、センティメンタルな曲想ゆえ第二次大戦中の1943年にリバイバル・ヒットした。ジョーは当時のヒット歌を集めた1958年録音のLP(コロンビア)のタイトル曲に選んでおり、今回は再録音。特徴のあるクリスタル・ヴォイスを活かして思い入れたっぷりストレートに歌う。

D九月の雨
アル・デュービンが作詞、ハリー・ウォーレンが作曲して、1937年のミュージカル映画『二人のメロディ』でジェームス・メルトンが歌ったが、自らのピアノにヴァイブを絡めたジョージ・シアリング・クインテットの演奏でヒット。ジョーは1952年のアルバム『アズ・ユー・ディザイア・ミー』(10インチ/コロンビア)に吹き込んでいた。

Eサムホエア・マイ・ラヴ(ララのテーマ)
1965年の超大作映画『ドクゴル・ジバゴ』のテーマ曲として仏のモールス・ジャールが作曲して、アカデミー最優秀作曲賞を受賞。1966年にポール・フランシス・ウェブスターが歌詞をつけ、レイ・コニフのコロンビア盤がヒットした。メランコリックな前奏を受けて、ジョーは透明感のある歌声で音符をいっぱいに伸ばして大きなスケールで歌い綴る。

Fピープル
バーブラ・ストライザンドを一気にスターダムに押し上げた1964年のブロードウェイ・ミュージカル『ファニー・ガール』のためにボブ・メリルが作詞、ジューリィ・スタインが作曲した。バーブラのコロンビア盤がグラミー賞で最優秀女性歌唱賞と最優秀編曲賞(ピーター・マッツ)を受賞。ウィリアム・ワイラー監督1968年の映画化でもバーブラが歌った。

Gア・ゴースト・オブ・ア・チャンス
ネッド・ワシントンとビング・クロスビーが歌詞を書き、ヴィクター・ヤングが作曲した 1932年のナンバーで、ビングのブランズウィック盤で紹介された。ジョーの特徴である格調の高さが十全に発揮されている。

H荒れ模様
1933年にテッド・コーラーが作詞、ハロルド・アーレンが作曲して、レヴュー『コットン・クラブ・パレード』の第22版でエセル・ウォーターズが歌った。同名の映画(1943・本邦劇場未公開)でリナ・ホーンが歌い、彼女のシグネチャー・ソングとなった。ジョーはザ・パイド・パイパーズを絡めてブルージーにレイジーにソフト・スウィングする。

Iトライ・トゥ・リメンバー
1960年のオフ・ブロードウェイ・ミュージカル『ザ・ファンタスティックス』のために、トム・ジョーンズ(あのシンガーではない)が作詞、ハーヴィー・シュミットが作曲した。
ジョーの直截なスタイルはフォーク調のこの歌にピッタリだし、トランペット・ヴォイスといわれた声質もよく似合う。

J世界は愛を求めている
1960年代の最高の売れっ子ソングライター・コンビ、ハル・デイヴィッド(作詞)とバート・バカラック(作曲)1965年の作品で、ジャッキー・デシャノンのインペリアル盤がヒットした。トミー・ドーシー時代の「ホワッチャ・ノウ、ジョー?」を思わせる、ザ・パイド・パイパーズとのコール・アンド・レスポンスが効いているし、ときに絡むコヴィントンのバリトン・ヴォイスも魅力的だ。

K銀色の糸
19世紀後半から20世紀前半にかけて、アメリカで大変ポピュラーだったバラード。エビン・E・レックスフォードが作詞、ハート・ピーズ・ダンクスが作曲して、1873年に出版された。アメリカ民謡やスコットランド民謡も得意としたジョーだけに、こういった曲はピタリとはまる。

Lザ・パーティーズ・オーバー
ベティ・カムデンとアドルフ・グリーンが作詞、ジューリィ・スタインが作曲して、1956年のブロードウェイ・ミュージカル『ベルズ・アー・リンギング』でジュディ・ホリデイ が歌った。1960年の映画化(本邦劇場未公開)でもジュディが歌っている。ジョーは力を抜いて軽くそして繊細なニュアンスをつけてスウィングすることで、エンディングに相応しいムードを演出する。

                                                 (2011.6.25. 三具保夫)

パーソネル
ジョー・スタッフォード(vo):1 - 13
ザ・パイド・パイパーズ(vo):1, 2, 9, 11
ザ・ガスライト・シンガーズ(vo):12
ウォーレン・コヴィントン(vo, tb):1, 11

編曲
グレン・オッサー:1
ポール・ウェストン::2 – 10, 12, 13
ビリー・ヴァープランク:11

録音年
1967年10月7日:4, 5, 6,
1967年:8
1969年1月:12
1969年11月19日:7, 13
1969年11月:1, 3, 10, 11,
1970年12月8日:2, 9,

 



 

Copyright (C) シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン:本サイトで掲載の全ての記事・写真の無断転載を禁じます。