『アフターソーツ』/オードリー・モリス』/
オードリー・モリス Afterthoughts/Audrey Morris 

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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sinatra society of japan
TOPSinatra Society of Japan presentsスタンダード・ヴォーカル・アルバムの復刻・発掘>『ザ・ブロードウェイ・キック+3』/フランク・シナトラ

『ザ・ブロードウェイ・キック+3』/
フランク・シナトラ
The Broadway Kick + 3/
Frank Sinatra
\2,625 (XQAM-1068/DQCP-1943) 原盤: 米Columbia
録音:1946 - 1951年

日本初登場・世界初CD化・
ボーナス・トラック3曲

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ミュージカル全盛期にシナトラが新曲としてとりあげた歌の数々を収録した、日本未発表のブロードウェイ作品集。
若き日のシナトラにしか出せないロマンティシズムが香りたつ「ゼイ・セイ・イッツ・ワンダフル」は必聴!
 


1. There's No Business Like Show Business/ショウほど素敵な商売はない
2. They Say It's Wonderful/ゼイ・セイ・イッツ・ワンダフル
3. Some Enchanted Evening/魅惑の宵
4. You're My Girl/ユア・マイ・ガール
5. Lost in the Stars/ロースト・イン・ザ・スターズ
6. Why Can't You Behave/ホワイ・キャント・ユー・ビヘイヴ
7. I Whistle a Happy Tune/アイ・ウィッスル・ア・ハッピー・テューン
8. The Girl That I Marry/ザ・ガール・ザット・アイ・マリー
9. Can't You Just See Yourself/キャント・ユー・ジャスト・シー・ユアセルフ
10. There But for You Go I/ゼア・バット・フォー・ユー・ゴー・アイ
11. Bali Ha'i/バリハイ
12. Oh Bess, Oh Where's My Bess/オー・ベス、オー・ホエアズ・マイ・ベス
13. So Far/ソー・ファー
14. You Don't Remind Me/ユー・ドント・リマインド・ミー
15. Just One Way to Say I Love You/ジャスト・ワン・ウェイ・トゥ・セイ・アイ・ラヴ・ユー

 


                    シナトラとミュージカル作品集

 ブロードウェイはハリウッドとならぶスタンダード・ソングの宝庫であり、多くのシンガーたちがブロードウェイ・ミュージカルのアルバムを作ってきた。フランク・シナトラも例外ではなく、1963年の『コンサート・シナトラ』(リプリーズ・R9-1009)というオリジナル作品では70名前後のミュージシャンを一堂に集めるため通常のレコーディング・スタジオでは入りきらず、ゴールドウィン映画スタジオのサウンド・ステージが使われた。
 このほかシナトラには『マイ・カウンド・オブ・ブロードウェイ』(リプリーズ・FS-1015)と『ザ・ブロードウェイ・キック』(コロンビア・CL-1297)という2枚のミュージカル作品集がある。1965年の『マイ・カインド・オブ・ブロードウェイ』は12曲中9曲が既発売曲で目新しいのは3曲のみ。その3曲はなかなかの力唱だが、全体としては手抜きの感を免れない。『ザ・ブロードウェイ・キック』もまたオリジナル・アルバムではなく過去の録音による編集物だが、事情はかなり異なる。
 1943年から1952年の10年間シナトラがコロンビアで録音していた時代はSPレコードが主流で、クラシック作品を除けば、多くの場合1枚ずつ単品で売られていた。1948年にLP(ポピュラー音楽は当初25センチ)が市場に投入されるとアルバム単位での録音が始まり、シナトラは長時間ノン・ストップで演奏できる利点にいち早く着目してLP両面を貫くテーマに沿って選曲・アレンジに統一感を持たせた。その最初の作品が1950年にリリースされた『シング・アンド・ダンス・ウィズ・フランク・シナトラ』(CL-6143)である。ロック世代の評論家やメディアの中には「コンセプト・アルバムはビートルズに始まった」と主張する人がいるが誤りだ。
 しかし1940年代後半からシナトラの人気は下降線をたどっていたため、コロンビアは既録音の編集盤はともかく、オリジナルLPの制作には積極的でなかった。

コロンビアから出たシナトラの30センチLP

 1952年9月にシナトラはコロンビアを首になったが、翌53年にキャピトルとレコーディング契約を結びシンガーとして完全復活したばかりか他を圧倒する存在となっていくが、コロンビアはその流れに便乗して過去のSP録音を30センチLPとして復活させた。1960年までに編集・発売されたコロンビア時代の30センチLPは以下の11枚である。

  『フランキー』(CL-606)1955年1月発売
  『ザ・ヴォイス』(CL-743)1955年10月発売
  『ザット・オールド・フィーリング』(CL-902)1956年9月発売
  『アドヴェンチャーズ・オブ・ザ・ハート』(CL-953)1957年2月発売
  『クリスマス・ドリーミング』(CL-1032)1957年9月発売
  『ザ・フランク・シナトラ・ストーリー』(C2L-6)1958年2月発売
  『プット・ユア・ドリームズ・アウェイ』(CL-1136)1958年4月発売
  『ラヴ・イズ・ア・キック』(CL-1241)1958年9月発売
  『ザ・ブロードウェイ・キック』(CL-1297)1959年5月発売
  『カム・バック・トゥ・ソレント』(CL-1359)1959年9月発売
  『リフレクションズ』(CL-1448)1960年5月発売
 その後はベスト・アルバムと銘打ったり傍系の廉価盤レーベル、ハーモニーからの発売だったりで、1967年の3枚組『ジ・エッセンシャル・フランク・シナトラ』(S3L-42)と1969年の出演映画曲集『フランク・シナトラ・イン・ハリウッド』(CL-2913)を除けば、あまり力の入らないアルバムが続いた。
 翻って1955年から1960年に制作された11枚はメジャー、コロンビアの名に恥じない立派な再発作品で、日本コロムビアやその後ソニーを通じて日本でもリリースされたが、なぜか唯一わが国で一度も発売されなかったアルバムが『ザ・ブロードウェイ・キック』である。

出来たばかりのミュージカル曲

 『ザ・ブロードウェイ・キック』にはシナトラがコロンビアに残した280曲を超える作品の中から選ばれたブロードウェイ関連の歌12曲で構成されている。本CDの@〜Kがそれにあたるが、今回の日本初紹介にあたってはL〜Nが追録された。Mはブロードウェイ上演の前にカットされてしまったので、厳密にいえばブロードウェイの曲とはいえないが、コール・ポーターがブロードウェイを目指して書いた作品である。当時のシナトラの典型的なロマンティックな歌を聴くことができるし、あまり注目されることのなかった不幸な作品ゆえ敢えて加えた。
 収録15曲は現在の基準で見るなら、スタンダードばかりではない。かなりコアなファンでなければ知らない歌もあれば今やほとんど顧みられなくなった曲さえある。だがシナトラがレコーディングした時点に立てば、DとK以外はブロードウェイにかかったばかり、あるいは近々始まるミュージカルの曲だった。シナトラは出来上がったばかりの新曲に挑んだのだ。

曲目解説

@ショウほど素敵な商売はない     
1946年8月22日録音。アーヴィング・バーリンの作品で、西部を舞台に実在した射撃の名手アニー・オークリーが活躍する『Annie Get Your Gun』(1946)でエセル・マーマン、レイ・ミドルトンらが歌い、映画『アニーよ銃をとれ』(1950)ではベティ・ハットンやハワード・キールらが歌った。この曲をタイトルにしたハリウッド・ミュージカル(1954)も作られ、マーマンやマリリン・モンローが出演した。
Aゼイ・ゼイ・イッツ・ワンダフル
1946年3日10日録音。ビルボード・チャートで最高2位。これも『Annie Get Your Gun』で、アーヴィング・バーリン作詞作曲。エセル・マーマンとレイ・ミドルトンが歌い、映画ではベティ・ハットンとハワード・キール。メロディーへの素直な乗りとロマンティシズムが沸き立つコロンビア時代の代表作のひとつ。日本ではジョニー・ハートマンの歌が有名だが、まったく違う味わいをみせる。
B魅惑の宵
1949年2月28日録音。ビルボード・チャートで最高6位。オスカー・ハマースタイン2世作詞、リチャード・ロジャース作曲『South Pacific』(1949)でエツィオ・ピンザが歌い、映画『南太平洋』(1958)ではロッサノ・ブラッツィをジョルジョ・トッツィが吹き替えた。シナトラは1963年にソロとローズマリー・クルーニーとのデュエットの2バージョン、1967年にはスウィンギーに録音している。いずれもリプリーズ。
Cユア・マイ・ガール
1947年10月19日録音。ビルボード・チャートで最高23位。シナトラお気に入りのサミー・カーン作詞、ジューリィ・スタイン作曲。『High Button Shoes』(1947)でマーク・ドーソンが歌った。青年期のシナトラだから歌ったといえるナイーヴな作品。
Dロースト・イン・ザ・スターズ
1946年8月8日録音。マクスウェル・アンダーソン作詞、クルト・ワイル作曲。南アフリカを舞台に人種差別を扱った『Lost in the Stars』(1949)でトッド・ダンカンが歌った。シナトラは前述の『コンサート・シナトラ』にも録音している。
Eホワイ・キャント・ユー・ビヘイヴ
1948年12月15日録音。コール・ポーター作詞作曲。シェイクスピアの『じゃじゃ馬ならし』が劇中劇で使われる『Kiss Me Kate』(1948)でリサ・カークとハロルド・ラングが歌い、映画『キス・ミー・ケイト』(1953)ではアン・ミラーが歌った。バックはフィル・モア(p)をリーダーに、マーシャル・ロイヤル(cl)、ボブ・ベイン(g)、アーニー・シェパード(b)、リー・ヤング(ds)からなるクインテット。スモール・コンボのバックはシナトラとしては珍しい。
Fアイ・ウィッスル・ア・ハッピー・テューン
1951年3月27日録音。オスカー・ハマースタイン2世が作詞、リチャード・ロジャースが作曲。ユル・ブリナーを一躍スターダムに押し上げた『The King and I』(1951)でガートルード・ローレンスが歌った。映画『王様と私』(1956)ではデボラ・カーをマーニ・ニクソンが吹き替えた。シナトラも録音している「ハロー、ヤング・ラヴァーズ」「アイ・ハヴ・ドリームド」「ウィー・キス・イン・ア・シャドウ」もこのミュージカルから。
Gザ・ガール・ザット・アイ・マリー
Aと同じく、1946年3月10日録音。ビルボード・チャートで最高11位。アーヴィング・バーリン作詞作曲。これも『Annie Get Your Gun』でレイ・ミドルトンが歌い、映画ではハワード・キール。
Hキャント・ユー・ジャスト・シー・ユアセルフ
Cと同じく、1947年10月19日録音。サミー・カーンが作詞、ジューリィ・スタインが作曲で、これも『High Button Shoes』より。カーンとスタインのコンビは『錨を上げて』(1945)、『下町天国』(1947)といったミュージカル映画や単独の曲をシナトラに数多く提供した。
Iゼア・バット・フォー・ユー・ゴー・アイ
1947年3月31日録音。アラン・ジェイ・ラーナーが作詞、フレデリック・ロウが作曲。スコットランドを舞台にした幻想的な『Brigadoon』(1947)でデイヴィッド・ブルックスが歌った。映画化の『ブリガドーン』(1954)には使われていない。シナトラはこのミュージカルの「オールモースト・ライク・ビーイング・イン・ラヴ」を同日のほか、1961年にキャピトルにも録音。ところで、この曲名「There but for You Go I」の意味がピンとこないのでアメリカ人の友人に聞いたところ、諺「There but for the grace of God go I(神のご加護がなければ私もあのように不幸になっていた)」がベースとか。
Jバリハイ
Bと同じ1949年2月28日録音。ビルボード・チャートで最高18位。オスカー・ハマースタイン2世作詞、リチャード・ロジャース作曲。『South Pacific』でファニータ・ホールが歌い、映画ではそのホールをミュリエール・スミスが吹き替え。エキゾティックな曲で、シナトラは珍しく大きなこぶしで歌う箇所もある。今振り返れば、彼としては異色の選曲。
Kオー・ベス、オー・ホエアズ・マイ・ベス? 
1946年2月24日録音。作詞はデュボウス・ヘイワードとアイラ・ガーシュイン、作曲はジョージ・ガーシュイン。フォーク・オペラ『Porgy and Bess』(1935)でトッド・ダンカンが歌った。シナトラは普段以上に声をはってドラマティックな表現をみせる。原詞にはかなり黒人なまりが入っているが、シナトラは普通の発音で通している。キャピトルに吹き込んだ「アイ・ガット・プレンティ・オナッティン」(1956)もこのミュージカルから。
Lソー・ファー
1947年8月17日録音。ビルボード・チャートで最高8位。オスカー・ハマースタイン2世作詞、リチャード・ロジャース作曲。『Allegro』(1947)でグロリア・ウィルズが歌った。同日このミュージカルからの「ア・フェロー・ニーズ・ア・ガール」も録音。
Mユー・ドント・リマインド・ミー
1950年11月16日録音。コール・ポーターが『Out of This World』(1950)のために書いたがブロードウェイの前にカットされてしまい、すでに録音していたシナトラは当てが外れた格好だ。同じ年にローズマリー・クルーニーとデュエットで吹き込んだ「チェリー・パイズ・オート・トゥ・ビー・ユー」(1950)もこのミュージカルから。
Nジャスト・ワン・ウェイ・トゥ・セイ・アイ・ラヴ・ユー
1949年5月6日録音。アーヴィング・バーリンが作詞作曲。自由の女神の除幕式を控えた19世紀後半のニューヨークが舞台の『Miss Liberty』(1949)で、エディ・アルバートとアリン・マクリーリーが歌った。シナトラはこのミュージカルからの「レッツ・テイク・アン・オールド・ファッションド・ウォーク」をドリス・デイとデュエットで録音(1949)。

(2013.7.23. 三具 保夫)

パーソネル: フランク・シナトラ(vo @〜N)
         フィル・モア(p E)、マーシャル・ロイヤル(cl E)、ボブ・ベイン(g E)
         アーニー・シェパード(b E)、リー・ヤング(ds E)
編曲:     アクセル・ストーダル @〜D、F、G、I〜N
         フィル・モア E
         ディック・ジョーンズ H
指揮:     アクセル・ストーダル @〜D、F〜N




 

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