『アフターソーツ』/オードリー・モリス』/
オードリー・モリス Afterthoughts/Audrey Morris 

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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sinatra society of japan
TOPSinatra Society of Japan presentsスタンダード・ヴォーカル・アルバムの復刻・発掘>『カム・アライヴ!+5』/ジョニー・ソマーズ

『カム・アライヴ!+5』/
ジョニー・ソマーズ
Come Alive! + 5/
Joanie Sommers
\2,625 (XQAM-1071/DQCP-1946)) 原盤: 米Columbia
録音:1966年 日本初登場・シングル盤5曲追録
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1960年代最大のアイドル・シンガー、ジョニー・ソマーズが米コロンビアに残した唯一のアルバムをついにCD化! さらに、入手困難だったシングル録音全5曲を追録(#12〜#16)。日本初登場です。
 


1. You'd Better Love Me/ユード・ベター・ラヴ・ミー
2. The Shadow of Your Smile/いそしぎ
3. I'm All Smiles/アイム・オール・スマイルズ
4. Girl Talk/ガール・トーク
5. Sunday in New York/ニューヨークの休日
6. You Take What Comes Along/ユー・テイク・ホワット・カムズ・アロング
7. Call Me/コール・ミー
8. Watch What Happens/ウォッチ・ホワット・ハプンズ
9. Too Late Now/トゥー・レイト・ナウ
10. A Wonderful Day Like Today/ア・ワンダフル・デイ・ライク・トゥデイ
11. It Had to Be You/イット・ハッド・トゥ・ビー・ユー
12. You've Got Possibilities/ユーヴ・ガット・ポッシビリティーズ
13. Never Throw Your Dreams Away/ネヴァー・スロー・ユア・ドリームズ・アウェイ
14. Alfie/アルフィー
15. It Doesn't Matter Anymore/気にしないさ (イット・ダズント・マター・エニモア)
16. Take a Broken Heart/涙のブロークン・ハート (テイク・ア・ブロークン・ハート)  

 


                      1960年代前半のアイドル

1960年代前半の女性アイドルといえば、コニー・スティーヴンス(1938-)、アン=マーグレット(1941-)、ジョニー・ソマーズ(1941-)だ。
コニー・スティーヴンスはTVの『ハワイアン・アイ』(1959-1963)で人気を集め、この番組は日本でも放映されて人気を集めた。アン=マーグレットはエルヴィス・プレスリーの徴兵騒動からヒントを得たミュージカル映画『バイ・バイ・バーディー』(1963)で注目され、『ラスベガス万才』(1964)ではそのプレスリーと共演して大ブレークした。そしてジョニー・ソマーズ。「ワン・ボーイ」や「内気なジョニー」といったシングル・ヒット、アルバムではアート・ペッパー(as)が参加した『ポジティヴリー・ザ・モースト』やローリンド・アルメイダ(g)とのボサノヴァ集『ソフトリー、ザ・ブラジリアン・サウンド』で多くのファンを獲得した。三人は当時の日本人が憧れていた明るく溌剌としたアメリカの象徴だった。

ジョニー・ソマーズについて

ジョニー・ソマーズ(本名ジョーン・ドロスト)は1941年2月24日にニューヨーク州のバッファローで生まれた。10代のときに一家でカリフォルニアに移住し、ハイスクール時代にアマチュア・バンドで歌いはじめ、トミー・オリヴァーにスカウトされて彼のバンドで歌ったことで評判を呼び、1959年ワーナー・レコードと録音契約を結んだ。この年TV『サンセット77』の人気俳優エディ・バーンズのデュエット相手として2曲をレコーディングし、それが縁で1960年この番組に本人役で二回出演している。
デビュー・アルバムはアート・ペッパーを含むマーティ・ペイチ楽団とジョニーの恩人トミー・オリヴァー楽団の伴奏による『ポジティヴリー・ザ・モースト!』(1959)で、同レーベルでは7枚のソロ・アルバムを発表した。その一方で映画にもなったブロードウェイ・ミュージカル『バイ・バイ・バーディー』(1960)からとり上げた「ワン・ボーイ」がビルボード・チャート54位まで上昇し、1962年にはロック調の「内気なジョニー」が7位まで昇り、若者たちのアイドルとなった。
人気急上昇のジョニーに着目したのがペプシ・コーラである。保守路線のコカ・コーラに対抗するため、若さ、快活さ、爽快さ、つまり青春をアピールできるキャラクターに注目して、ペプシ・コーラのコマソンに起用した。1961〜1963年のキャンペーン・ソング「Now It’s Pepsi, For Those Who Think Young」は「メイキン・フーピー」の替え歌だが、ワーナーはこのスローガンを借用して『フォー・ゾーズ・フー・シンク・ヤング』というアルバムを1962年にリリースした。ただし「メイキン・フーピー」は歌っていない。
1963年〜1967年には「Come Alive! You’re in the Pepsi Generation」というキャッチとオリジナル曲が採用された。

ペプシとのタイアップから生まれたアルバム

本アルバム『カム・アライヴ!』(CS-9295/CL-2495)はペプシ・コーラの「Come Alive! You’re in the Pepsi Generation」キャンペーンを意識した、コロンビアで録音の唯一のアルバムで、本CDの@〜Jがそれにあたる。録音は1966年の1月と2月で、モート・ガーソンの編曲指揮でおこなわれた。1924年に出版された「イット・ハッド・トゥ・ビー・ユー」と1950年の「トゥー・レイト・ナウ」をのぞく9曲はすべて1960年代に作られたナンバーで、ジョニーは若者層を意識したポップな感覚で、「ニュー・ジェネレーション」をアピールしている。と同時に、特にアップテンポの曲において顕著なのだが、ワーナー時代にマーティ・ペイチやニール・ヘフティの楽団とレコーディングしたことで培われたジャズの語法が根底にあることもまた事実である。
K〜Oの5曲は当時シングル盤でリリースされたもので、「アルフィー」(M)以外は、曲そのものや歌い方、アレンジからみて明らかにヒット狙いだが、チャートインはしていない。
NOは、リッキー・ネルソンとジョニーが主演したABC-TVのTVミュージカル『On the Flip Side』(1966年9月収録/12月7日オンエア)のためにハル・デイヴィッドとバート・バカラックの名コンビが書き下ろした。このミュージカルのサウンドトラック盤LPはデッカからリリースされ(DL-4836)、現在はCDで入手できる。

曲目解説

@ユード・ベター・ラヴ・ミー
ヒュー・マーティンとティモシー・グレイが共作して、ノエル・カワード原作の戯曲『陽気な幽霊』をもとにしたブロードウェイ・ミュージカル『High Spirits』(1964)でタミー・グライムズが歌った。ジョニーはチャチャチャのリズムに乗って小気味よくスウィングする。オープニングに相応しい選曲だ。
Aいそしぎ
ポール・フランシス・ウェブスターが作詞、ジョニー・マンデルが作曲して、映画『いそしぎ』(1965)に使われ、同年度のアカデミー主題歌賞を受賞。堂々としたトニー・ベネット(コロンビア)やボサノヴァで歌ったアストラッド・ジルベルト(ヴァーヴ)が有名だが、パステル調のジョニーもすてがたい。
Bアイム・オール・スマイルズ
1964年にヒュー・マーティンが作詞、マイケル・レナードが作曲して、バーブラ・ストライザンドのコロンビア盤で紹介された。ジョニーは明るいワルツ・テンポに乗って伸びやかにスウィングしていく。
Cガール・トーク
ボビー・トループが作詞、ニール・ヘフティが作曲して、キャロル・ベイカーが往年の大女優ジーン・ハーロウに扮した映画『ハーロウ』(1965)に使われた。トニー・ベネットのコロンビア盤やトループ夫人のジュリー・ロンドンによるリバティ盤などがある。
Dニューヨークの休日
ブロードウェイの舞台コメディーの映画化(1963)のテーマで、作詞はキャロル・コーツ、作曲はピアニストのピーター・ネロで、メル・トーメが歌った。レコードではミディアムでスウィングするトーメ(アトランティック)や得意の超アップテンポで迫るボビー・ダーリン(キャピトル)が素晴らしいが、ジョニーの醸し出すメロウな雰囲気も素敵だ。
Eユー・テイク・ホワット・カムズ・アロング
ジョニーのほかに歌っている歌手は知らないが、しっとりとした心にしみいるバラードだ。「アルフィー」(M)とのカップリングでシングル・カットされた。作者はデボラ・ロビン、シーラ・ロビン、シドニー・ロビン。
Fコール・ミー
1965年にイギリスのトニー・ハッチが、同じく彼の作品「恋のダウンタウン」で世界的なシンガーとなったペトゥラ・クラークのために作詞作曲し、クラークのパイ盤で世にでた。アメリカではクリス・モンテスのA&M盤がビルボード・チャートの22位、イージー・リスニング・チャートで2位になっている。ジョニーの溌剌とした歌いぶりが実に見事だ。
Gウォッチ・ホワット・ハプンズ 
フランスのミュージカル映画『シェルブールの雨傘』(1964)からの曲で、作詞(仏)は監督のジャック・ドゥミ、作曲はミシェル・ルグラン、英詞はノーマン・ギンベル。この映画からは「アイ・ウィル・ウェイト・フォー・ユー」がまずヒットしたが、今はこちらの人気が上だ。声といい歌い方といい、ジョニーのウェット具合がいい。
Hトゥー・レイト・ナウ
1950年にアラン・ジェイ・ラーナーが作詞、バートン・レインが作曲して、フレッド・アステア主演のミュージカル映画『恋愛準決勝戦』(1951)でジェーン・パウエルが歌い、アカデミー主題歌賞にノミネートされた。ジョニーのハスキーな歌声と淡い語り口がこのしみじみとしたバラードに似合っている。
Iア・ワンダフル・デイ・ライク・トゥデイ  
イギリスのレスリー・ブリッカスとアンソニー・ニューリーがミュージカル『The Roar of the Greasepaint – the Smell of the Crowd』のために1964年に共作した。このミュージカルは英国では成功せずロンドンに来る前に打ち切りとなったが、翌年ブロードウェイである程度の成功をおさめた。ジョニーは絶妙のタイム感覚で見事に歌いきる。このアルバム中屈指の出来栄え。
Jイット・ハッド・トゥ・ビー・ユー
1924年にガス・カーンが作詞、アイシャム・ジョーンズが作曲して、アイシャム・ジョーンズ楽団のブランズウィック盤がヒット・チャートの首位に立った。ジョニーはもうほんの少しテンポを上げたほうがよかったように思うが。
Kユーヴ・ガット・ポッシビリティーズ
リー・アダムズが作詞、チャールズ・ストラウスが作曲して、ブロードウェイ・ミュージカル『It’s a Bird, It's a Plane, It’s Superman』(1966)でリンダ・ラヴィンが歌った。このミュージカルはあのスーパーマンのお話。ジョニーのリズム感のよさが発揮されている。この歌を無邪気さで歌いきってしまうところが彼女の個性だ。
Lネヴァー・スロー・ユア・ドリームズ・アウェイ
J・レヴィンの作詞作曲。Kとのカップリングでシングル・カットされた(#43567)。バック・コーラスをふくめ当時の典型的なポップス・サウンドだ。
Mアルフィー
ハル・デイヴィッドが作詞、バート・バカラックが作曲して、マイケル・ケインが主演した同名映画(1966)の主題歌。シェールが歌い、アカデミー主題歌賞にノミネートされ、シェールのインペリアル盤がヒット。2001年の英国での再公開時にはシラ・ブラックのキャピトル盤が使われた。Eとのカップリングでシングル・カットされた(#43731)。
N気にしないさ
これもデイヴィッド=バカラックの作品で、TVミュージカル『On the Flip Side』でリッキー・ネルソンが歌った。Oとのカップリングでシングル盤(#43950)としてリリースされたはずだが、アメリカのジョニー・ファンは実物を見たことがないという。店頭に並ばなかったのか、DJ盤だけ出回ったのか?販売されたとしても極めて少なかったのだろう。
O涙のブロークン・ハート    
NのB面になった曲で、ハル・デイヴィッド作詞、バート・バカラック作曲。『On the Flip Side』でリック・ネルソンが歌った。

(2013.8.5 三具 保夫)

編曲:@〜J、M:モート・ガーソン

録音: @FI  1966年2月9日
    ABGJ 1966年1月20日
    CDH   1966年1月17日
    E      1966年2月8日
    その他   1966年



 

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