『ネイチャー・ボーイ+1』/レスリー・ルイス Of Two Minds + 2/Leslie Lewis Live In Tokyo + 1Leslie Lewis

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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TOPSinatra Society of Japan presents新録音シリーズ>『ネイチャー・ボーイ+1』/ レスリー・ルイス

ネイチャー・ボーイ+1』/
レスリー・ルイス
Of Two Minds + 2/
Leslie Lewis
特別価格
 (XQAM-1510)
原盤:Surf Cove Jazz
2008年/スタジオ・シティ(ロス郊外)
* 2006・2005年/スタジオ・シティ(ロス郊外)
スタンダード・ナンバーはもちろんのこと、 モンクやホレス・シルヴァーを完璧なまでに歌いこなす驚異のジャズ・シンガー登場!
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   続々とアルバム・デビューする女性ヴォーカリストの中にあって、抜きん出た実力と趣味のより音楽性で 俄然注目を集める期待のヴォーカリストのデビュー盤。 スタンダードを、ジャズ・ナンバーを自在に歌いこなし、すでに大物シンガーの風格。
 


1. In Walked Bud/イン・ウォークト・バド >>試聴
2. I Got It Bad and That Ain't Good/アイ・ガット・イット・バッド・アンド・ザット・エイント・グッド>>試聴
3. Nature Boy/ネイチャー・ボーイ >>試聴
4. Honeysuckle Rose/ハニーサックル・ローズ>>試聴
5. ''Round Midnight/ラウンド・ミッドナイト>>試聴
6. Well You Needn't/ウェル・ユー・ニードゥント>>試聴
7. How Deep Is the Ocean?/ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン?>>試聴
8. Hello, Young Lovers/ハロー、ヤング・ラヴァーズ>>試聴
9. But Beautiful/バット・ビューティフル>>試聴
10. Song for My Father/ソング・フォー・マイ・ファーザー>>試聴
11. Just in Time/ジャスト・イン・タイム>>試聴
 

雄大なスケールのレスリー・ルイス

 中堅ながらすでに貫禄さえ感じさせる堂々たる歌い振り、黒人女性ヴォーカルの正統を受け継ぐレスリー・ルイスの登場である。まず声がいい。所謂美声とは異なるが、ハスキーで暖かい人間性を感じさせる一方、平然とドスを利かせるようなこともやってのける。このワイド・スケールがまず彼女の魅力の第一。二番目はこの声を自在にコントロールする技術とそれを支える恵まれた体力であろう。声量音域のあることは明らかだが、特に優れるのはダイナミック・レンジの広さである。音圧のある太い声からピアニッシモまで強力なコントロールが行きとどく。長く伸ばした音の最後に微かなヴィブラートをかけるなど、おそらく素晴らしい腹筋を持っているにちがいない。肉体的・技術的なことばかり言うようだが、こうした諸要素の下支えがあってはじめて表現力が、歌意を伝える説得力が生まれるのだ。セロニアス・モンク作品、スタンダード有名曲いずれを歌ってもこれぞジャズ・ヴォーカルというくっきりとした輪郭が浮かびあがる。

レスリー・ルイスへのインタヴュー

 レスリー・ルイスはマンハッタンから西へ20kmほどのニュージャージー州イースト・オレンジの出身。1958年11月27日生まれだから、今年51歳だ。現在はロサンゼルスの南東50kmにあるラグナ・ビーチに住みロス・エリアのクラブやリッツ・カールトン、フォー・シーズンズなど一流ホテルで歌っている。全米ツアーの仕事も多く、これまでクリーヴランド・ジャズ・オーケストラやエリントン・トリビュート・コンサートに旧エリントニアンとともに出演。西海岸で人気の高いトム・キュービス・ビッグバンドのアルバム『アット・ラスト』(セクストン)にジャック・シェルダンとともにフィーチャーされたこともある。これまで共演したミュージシャンはジョン・バンチ(pf)、ブリット・ウッドマン(tb)、ノリス・ターネイ(ts)、ハリー・アレン(ts)など。また彼女は俳優、ダンサーでもありピアニストとしての仕事もこなしている。

―音楽のレッスンは?
Leslie Lewis(以下LL)子供のころからピアノとフルートを習いました。でも声楽の正式な訓練は受けていません。

―好きなシンガーは?
LL カーメン・マクレイとエラ・フィッツジェラルド。

―あなたの音楽の好みに影響を与えたのは?
LL 父が大のジャズ・ファンで家にはいつもジャズが流れていました。彼が好きだったのはカウント・ベイシー、デューク・エリントン、ダイナ・ワシントン、ディジー・ガレスピーなどで、わたしはそれらを聴きながら育ったようなものです。歌い始めたころにはナンシー・ウィルソン、クレオ・レーンに影響を受けました。

―プロのシンガーを志したのはいつ?
LL わたしは3歳のときからずっと歌っていました。歌手として暮らしをたてるようになったのは19歳からです。それ以来歌以外の仕事をしたこともないし、歌から離れたことはないし、他の生き方は考えられません。

家庭環境などまずジャズ・シンガーとして筋目がよろしい。父親の好みも正統である。こうした音楽が溢れる家庭で育てば3歳から歌っても不思議はない。19歳からの仕事はディズニーランドで歌うことだったが、このリゾートはショウの制作のために実力者を集めることで知られている。レスリーはここを皮切りに様々な仕事をこなしながら徐々にジャズ界で頭角を現していったのだ。 ―このアルバムを共に作ったジェラード・ヘイゲンとの出会いは? LL 彼はわたしがカレッジで修得したジャズ・ピアノ課程の先生だったのです。その後2人で、あるいは彼のトリオとともにクラブなどに出演するようになりました。彼からは音楽家として自分自身と向き合うことを学びました。その結果がこのアルバムの共作になったのです。 ―歌う時に最も大切にしていることは? LL (その歌の持っている)ストーリーを語ることです! ―選曲上で重視することは? LL まず曲を好きになることが大切ね。そしてその曲がわたしの声に合っていて、さらにわたしの音楽的感性に訴えてくるものであるかどうかです。 自分の歌うべき歌を選ぶ基準はまず愛着を覚えるかどうか。これは自然な感覚だが、声質と感性に合うかどうかは歌手としての自分の意思と技量との相談になる。ジェラード・ヘイゲンから学んだ「自分自身」と向き合うというのは、このあたりを言ったものだろう。「歌うこと」=「ストーリーを語る!」と言い切る気概もこの自負あってのものである。

ジェラード・ヘイゲンについて

 『Of Two Minds(二人の心)』というタイトルが示すように、このアルバムはレスリー・ルイスとピアニストのジェラード・ヘイゲンとの合作ともいえる作品である。彼女のインタヴューにもあるように全曲のアレンジとピアノを担当したヘイゲンは、レスリーの恩師であるとともに音楽上の重要なパートナーでもある。ノースダコタ出身でハイスクール時代に教師からジャズを教えられたことが人生の転機となりプロのピアニストを志す。中西部、カナダで活動後1983年にロサンゼルスに移住。コンサート、クラブ出演と並行して多くの大学など教育機関でジャズ・ピアノを教えている。その特徴は奏すべき音を取捨するセンスと、旋律を浮き彫りにする輝かしいサウンドにある。1997年以来、自己のトリオを率い2枚のリーダー・アルバムを発表している。

 

1. イン・ウォークト・バド
 1947年にセロニアス・モンクがアーヴィング・バーリンの「ブルー・スカイズ」のコード進行を借りて作曲し初演。詞は後にジョン・ヘンドリックスが書いた。レスリーは余裕でヘンドリックスの詞をこなした後、セカンド・コーラスを得意のスキャットでとばす。3分少々と短い演奏だが堂々たる存在感に圧倒される。歌詞に出てくる“O.P.”はオスカー・ペティフォード(b)のこと

2. アイ・ガット・イット・バッド・アンド・ザット・エイント・グッド
  デューク・エリントン作曲のミュージカル作品『ジャンプ・フォー・ジョイ』(1941年)の中の一曲で、作詞はポール・フランシス・ウェブスター。「私の心は木石じゃないのよ」と歌う、届かぬ想いに焦れるレスリーの表現はどうだろう。逡巡と諦観の間を揺れ動く女心にロン・スタウトのトランペットが寄り添う。

3. ネイチャー・ボーイ
 1946年にイーデン・アーベツがナット・キング・コールのために作曲した。スタンダード・ソングのなかでは異色のムードを持った曲で、異界からきた少年の言葉に不思議の感に打たれた人間の思いがボサノヴァ・リズムにのせて綴られる。

4. ハニーサックル・ローズ
 アンディ・ラザフ(作詞)とファッツ・ウォーラー(作曲)による1929年の作品。手放しの恋の歌だがレスリーの歌にはベタつく甘さはない。幸福感はあっても惑溺することのないカラリとした恋の味である。こうなると楽しくもナンセンスな歌詞が一層微笑ましい。

5. ラウンド・ミッドナイト
 セロニアス・モンク1944年の作品。後にバーニー・ハニゲンが詞をつけた。更けるにしたがってこみあげる離別の絶望感。しかしレスリーの歌からは過剰な感傷は排されている。それだけに際立つ悲しみ。エンディング・ノートの尾を引く叫びが悲痛な余韻をのこす。

6. ウェル・ユー・ニードゥント
 これもセロニアス・モンク1947年の作品。器楽曲だが後にマイク・フェロがヴォーカライズした。鬼面ひとを威す態の和声進行だが、旋律・リズムと相俟ってモンクの代表作ともいえる傑作となった。声楽ではとりにくい跳躍音程、外連味の多い歌詞を平然と歌うレスリーのあたりを払う威風が聴きどころ。

7. ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン?
 アーヴィング・バーリン(作詞作曲)が1932年に発表した曲。愛の深さを思い入れとともに訴える歌われ方が多いが、レスリーは過度の表現を排したがゆえに一層リアリティーが出た。

8. ハロー、ヤング・ラヴァーズ
 オスカー・ハマースタイン二世(作詞)とリチャード・ロジャース(作曲)がミュージカル『王様と私』(1951年)のために書いた。ワルツを得意としたロジャースの原曲の魅力を活かして三拍子のアレンジ。レスリーは若い恋人たちへの思いやり、自ら体験してきた恋へのプライドをスキャットまじえながら軽やかに歌う。

9. バット・ビューティフル
 ジョニー・バーク(作詞)とジミー・ヴァン・ヒューゼン(作曲)が1947年の映画『南米珍道中』のために書いた。恋の悲喜百態を綴った歌だが男女の機微を知らぬものには覚束ない。レスリーの歌には甘酸が備わって豊かな説得力。

10. ソング・フォー・マイ・ファーザー
 ホレス・シルヴァー(pf)1964年の作品。シルヴァーの父親はポルトガル自治領だった西アフリカのカーボベルデ諸島(現在のカーボベルデ共和国)の出身で、父の勧めで書いたポルトガル民謡風の旋律が印象的だ。この曲の歌詞は何ヴァージョンかあるが、レスリーの歌っている歌詞は作者不明。レスリーの親愛の情に満ちた優美な歌は、ファンキーなオリジナルとは別の趣。

11. ジャスト・イン・タイム
 ベティ・カムデン、アドルフ・グリーン(作詞)とジューリィ・スタイン(作曲)が1956年のミュージカル『ベルズ・アー・リンギング』のために書いた。歌意は「落ち込んでいるときに、丁度あなたにあえてもう怖くはないわ」というしみじみとしたものだが、曲調のためか派手に演奏されることが多い。レスリーもミディアムで出るが、セカンド・コーラスからは急速調。ラストは始めのテンポに戻って華やかにしめくくる。

 





2009年1月30日 小針俊郎
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