『アローン・ウィズ・デューク』/ダイアン・ハブカ I Like It Here/David Morgenroth Live In Tokyo + 1David Morgenroth

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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sinatra society of japan
TOPSinatra Society of Japan presents新録音シリーズ>『アローン・ウィズ・デューク』/ デイヴィッド・モーゲンロス

アローン・ウィズ・デューク』/
デイヴィッド・モーゲンロス
Alone With Duke
David Morgenroth
\2800 (XQAM-1513) 原盤:SSJ

2009年3月/ロサンゼルス郊外

新録音・日本先行発売
ボーナス・トラック2曲
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   イーデン・アトウッド(vo)の音楽監督としても今注目を集めている、ピアノ界の気鋭デイヴィッド・モーゲンロスの実力を世に問う、デューク・エリントン・ソングブック。
 


1. C Jam Blues/Cジャム・ブルース >>試聴
2. In a Sentimental Mood/イン・ア・センティメンタル・ムード>>試聴
3. I'm Just a Lucky So -and-So/アイム・ジャスト・ア・ラッキー・ソー・アンド・ソー>>試聴
4. Just Squeeze Me/ジャズト・スクイーズ・ミー>>試聴
5. Cotton Tail/コットン・テイル>>試聴
6. Prelude to a Kiss/プレリュード・トゥ・ア・キス>>試聴
7. Come Sunday/カム・サンデイ>>試聴
8. Love You Madly/ラヴ・ユー・マッドリー>>試聴
9. Melancholia/メランコリア>>試聴
10. Mood Indigo/ムード・インディゴ>>試聴
11. It Don't Mean a Thing If It Ain't Got That Swing/スイングがなけりゃ意味がない>>試聴
12. Jump for Joy/ジャンプ・フォー・ジョイ>>試聴
13. Single Petal of a Rose/シングル・ペタル・オブ・ア・ローズ>>試聴
14. I Let a Song Go Out of My Heart/アイ・レット・ア・ソング・ゴー・アウト・オブ・マイ・ハート (*)>>試聴
15. Sophisticated Lady/ソフィスティケイテッド・レイディ (*)>>試聴
 


『アローン・ウィズ・デューク』はデイヴィッドとエリントンの同行二人


 気鋭のピアニスト、デイヴィッド・モーゲンロスのソロ・ピアノによるデューク・エリントン作品集である。彼は1961年、モンタナ州ミズーラ生まれの48歳。このアルバムでデイヴィッドが提示しているのは、単なるエリントン・ヒット曲集ではない。エリントンという稀有の芸術家が到達した高みに肉迫しようという大胆な試みであり、その成果はディスクに記録されたように見事に達成されている。


デイヴィッド・モーゲンロスについて

 音楽教育で有名なノース・テキサス州立大学でクラシックとジャズ・ピアノの学位を取得。フリーランサーとして経験をつんだ後、6年間をニューヨークで過ごしクラシック・ピアノ教育の第一人者ソフィア・ロゾフやジャズ・ピアニストのフレッド・ハーシュ、リッチー・バイラークに師事する傍ら、室内楽からジャズまで多岐にわたるアーティストとの共演を通して自己のスタイルを確立してきた。
 今までに共演した主なジャズ・ミュージシャンやシンガーは、ライオネル・ハンプトン(vib)、ベニー・ゴルソン(ts)、クラーク・テリー(tp)、フレディ・ハバード(tp)、ビル・ワトラス(tb)、マイケル・ブレッカー(ts)、ゲイリー・ピーコック(b)、トゥーツ・シールマンズ(h)、ジョー・ウィリアムズ(vo)ほか。
 名手クリス・ポッター(sax)やドリュー・グレス(b)と共演したデビュー・アルバム “Radiance” は、『ジャズ・ニュース』誌で「知性と明確なコンセプト、そして光り輝くがごときエレガンスをもったピアニスト。尽きることのない革新性と独創性を備えている」と極めて高い評価を得た。現在は故郷のモンタナに居を構えモンタナ大学でジャズ・ピアノを教える一方、米国内はもちろんのことカナダやヨーロッパへの演奏旅行と多忙な日々を過ごしている。実力派の女性シンガー、イーデン・アトウッドの音楽監督も務め、彼女と共作した新作『ターン・ミー・ルース』(2009年3月録音 SSJ XQAM-1512)はイーデンのもつ歌唱力とデイヴィッドの深い音楽性による傑作アルバムとなり、大反響を呼んでいる。


デイヴィッド・モーゲンロスのエリントン観

―なぜデューク・エリントンを選んだのですか?
「エリントンが生涯に残した音楽は膨大かつ広汎です。エリントンは活動していた時代もまた現在も、巨人そして高くそびえ立つ存在です。彼の音楽にたいする貢献は測りしれません。彼の作品がジャズの基礎になったのです。私も音楽を学んだ最初から、彼の芸術と人となりを深く尊敬してきました」。
―レコーディングに際してのアプローチは?
「彼の作品の多くはブルースの気配を色濃くもっていると同時に、様々な解釈が可能です。どの曲も、どうアプローチするかいろいろな選択肢があるのですが、まずは彼の音楽を新しい解釈で探求したいと思いました。奏法を固定するのではなく、異なる調性やテンポ、タイム感覚を試み様々なスタイルを模索し、その結果として最良の演奏を心がけたのです」。

 デイヴィッドのいうとおりエリントン作品は様々な解釈、アプローチができる。器としてとてつもなく大きいからこれが可能なのだ。しかし素材として扱うケースは措くとして、真にその本質に迫ることは至難である。それはエリントンが綾なすオーケストラ・サウンドをもって自己の音楽表現の理想形態とすることに終始したからだ。
この意味で彼は常々「私の楽器は私のオーケストラ」と言っていた。自分は一ピアノ奏者ではなく、専用のオーケストラを常時率いる作曲家、指揮者なのだと宣明していたのだ。
「私は農夫のようなもの。しかし農夫は種を蒔いて秋の収穫まで待ちますが、私は蒔いたら(書いたら)すぐにその作柄(響き)を知りたいのです。だからバンドをいつも手許におく必要があるのです」。

  これもエリントンの言葉だが、彼の作品はエリントニアンと呼ばれる名手たちの業によってはじめて完成するのだ。この関係は画家と絵具に例えられるだろう。構想成って練達の筆が画布上に舞う。その色彩配合の妙は絵具即ちメンバーの業に左右されるのである。一色といえどもそれぞれに濃淡無限のグラデーションが存在するが、エリントンはこの微妙な差異に極めて敏感で、独特の指揮法によって名手たちを進退させ音による千姿万態を描いたのである。


デイヴィッド・モーゲンロスのアプローチ

 デイヴィッド・モーゲンロスの人物や音楽的素養の深さから推して、彼は以上のエリントン音楽の本質を知悉していると思われる。まずピアノ・ソロによるアプローチを選んだ点にそれがあらわれている。素材としてではなく真っ向からエリントンを扱うことの難しさを知るが故に、敢えて一台のピアノで対峙しようと考えたのだ。管を使って似て非なるものを創るより熱意と音楽性を得物とし本質に肉迫する方法である。
 次いで選曲はエリントン作品のなかでもひときわ個性的な曲を揃えた。おそらくは数百の候補の中から絞り込んだはずだが、これも「異なる調性やテンポ、タイム、様々なスタイルを試みよう」とした結果だろう。果たして、彼はエリントンを向うに衒うことなく自由に自己の存念を述べている。エリントンもまた、彼の真摯さに微笑みをかえしている。そう、ここでのデイヴィッドはエリントンと一体である。
 『アローン・ウィズ・デューク』を、だから私は「同行二人」と訳したくなった。弘法大師空海と遍路の一体感に通じるものを感じるからである。デイヴィッドの作る一音一音には遍く巨人デューク・エリントンが存在しているのである。

@Cジャム・ブルース
1942年の作品。CとFでつくる単純なブルース。単純だが楽想を刺激するサムシングをもっている。デイヴィッドは左手の強力なベース・ラインにのせて豪快なアドリブを聴かせる。

Aイン・ア・センティメンタル・ムード
1935年にエリントンが書いた旋律で、のちにアーヴィング・ミルズとマニー・カーツが詞をつけた。題名通りの感傷的な旋律の美しさは比類がない。その美しさの底にある悲しみを掬いあげてデイヴィッドのピアノの響きも比類なし。

Bアイム・ジャスト・ア・ラッキー・ソー・アンド・ソー
1945年の作品。詞はマック・デイヴィッド。歌の内容は「まあまあ幸運さ」といった楽観的なもの。エリントン得意のシャッフル・ビートにのせてデイヴィッドは10指を駆使し、多声表現に技巧をみせる。

Cジャスト・スクイーズ・ミー
1940年の作品「サトル・スラフ」に、1946年リー・ゲインズが詞を書いた。「しっかり抱きしめてね」といったほどの内容。甘えっぷりが可愛らしい曲だが通俗に流れない点が良。

Dコットン・テイル
1940年の作品。言わずと知れたベン・ウェブスターの快演で知られるエリントン楽団のヒット曲。複雑なハーモニーよりも単純明快が身上。デイヴィッドのアプローチもわかり易くスウィングに主眼をおいている。

Eプレリュード・トゥ・ア・キッス
1938年の作品。アーヴィング・ゴードンとアーヴィング・ミルズが詞をつけた。「私の胸中にあるのは単純な音だが、あなたはそれを交響曲に変えることができる」という内容をエリントンは気に入っていたという。官能美の極致というべき名曲。デイヴィッドの意外やミディアムでせまる音色の美しさが素晴らしい。

Fカム・サンデイ
エリントン自身の作詞・作曲による1943年の作品。大曲「ブラック、ブラウン・アンド・ベージュ」の一曲だが、後に独立して、また晩年の教会音楽にもフィーチャーされた。聴くものを粛然とさせる名旋律を、節度を保ちながら歌いあげるピアノにデイヴィッドの作品理解の深さがうかがえる。

Gラヴ・ユー・マッドリー
1950年の曲で作詞も自身。このフレーズは彼の常套句で、コンサートの終わりで満面の笑みをたたえ投げキッスとともに口にしていた。日本公演では「アナタヲ、アイスルゥ」とも。率直な愛情表現をデイヴィッドも屈託なく。

Hメランコリア
1953年の曲で同年のアルバム『ピアノ・リフレクションズ』(キャピトル)から。スタジオに入って即興的に作り上げたといわれている。エリントンの寛闊な懐に抱かれて遊ぶデイヴィッド。同行二人の精神はこの演奏にも強くあらわれている。

Iムード・インディゴ
1930年の「ドリーミー・ブルース」に、1931年アーヴィング・ミルズとバーニー・ビガードが作詞した名曲。三管が作る玄妙のアンサンブルがエリントンの真骨頂だった。ピアノでは演奏しにくい曲だが外連に走らないところがデイヴィッドのエリントンにたいする敬意である。

Jスイングがなけりゃ意味がない
1932年の作品。作詞はアーヴィング・ミルズ。「スウィング時代」到来以前にエリントンがジャズの本質を喝破したとして有名である。デイヴィッドの確かなピアノ・テクニックを聴くべき一曲。

Kジャンプ・フォー・ジョイ
1941年の同名ミュージカルのための作品。作詞はポール・フランシス・ウェブスター。デイヴィッドはゴスペル的な曲調に感謝と喜びの気持ちを高らかに。

Lシングル・ペタル・オブ・ア・ローズ
1959年の作品。英国エリザベス女王に捧げた6曲からなる「女王組曲」の一つ。オリジナル演奏もエリントンのピアノ独奏(ジミー・ウッドのベースがアルコで薄くからむ)だった。デイヴィッドは原曲をクラシック作品のように丁寧に弾きこんでいく。アルバム中随一の聴きもの。

Mアイ・レット・ア・ソング・ゴー・アウト・オブ・マイ・ハート(ボーナス・トラック)
1938年の曲。アーヴィング・ミルズ他が詞をつけた。原曲はジョニー・ホッジス(as)、ハリー・カーニー(bs)がメロディー・ラインをつくり、ローレンス・ブラウン(tb)がサビを吹くという豪華リレー。デイヴィッドはしっかりと低音部をおさえてこの豊かな旋律を歌わせていく。

Nソフィスティケイテッド・レイディ
1932年に作られたエリントンの代表曲のひとつで、翌年ミッチェル・パリッシュが詞を書いた。旋律の美しさではエリントン作品中でも最右翼だろう。曲にたいする尊敬をにじませながら、デイヴィッドは自由に所信を述べている。

 

2009年10月12日 小針俊郎
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