『ソー・イン・ラヴ』/テッド・ローゼンタール/So In Love

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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TOPSinatra Society of Japan presents新録音シリーズ>『ソー・イン・ラヴ』/テッド・ローゼンタール

\2800 (XQAM-1515)
ソー・イン・ラヴ』/
テッド・ローゼンタール
So In Love
The Ted Rosenthal Trio
原盤:SSJ

録音:2010年3月9・10日

 
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   音の美しさと立ち昇るロマンティシズムで魅了するテッド・ローゼンタールが、レギュラー・トリオで吹き込んだ入魂の最新作。すべてを解き放ち、聞き慣れたスタンダードの名曲から新たな魅力を引き出している。
 


1. Out of This World/アウト・オブ・ジズ・ワールド >>試聴
2. So in Love/ソー・イン・ラヴ>>試聴
3. Have You Met Miss Jones?/ジョーンズ嬢に会ったかい?ー>>試聴
4. Prelude #2 (Gershwin)/プレリュード第二番(ガーシュイン)>>試聴
5. Embraceable You/エンブレイサブル・ユー>>試聴
6. People Will Say We're in Love/粋な噂をたてられて>>試聴
7. Lotus Blossom/ロータス・ブロッサム>>試聴
8. How Long Has This Been Going On?/ハウ・ロング・ハズ・ジス・ビーン・ゴーイング・オン?>>試聴
9. Cry Me a River/クライ・ミー・ア・リヴァー>>試聴
10. In the Wee Small Hours of the Morning/イン・ザ・ウィー・スモール・アワーズ・オブ・ザ・モーニング>>試聴
 

 テッド・ローゼンタール・トリオは岡山市にあるルネス・ホールの企画から生まれました。ルネス・ホールは、1922年に建設された旧日本銀行岡山支店を改装し、文化・芸術の創造拠点として2005年9月に船出したホールです。このホールでは、いろいろな企画が立案運営されていますが、ジャズ部門のプロジェクトのひとつがテッド・ローゼンタール・トリオの招聘企画です。2006年7月より毎年招聘しており、今年(2010年)で5回目になります。
 トリオを組むにあたって、テッドと一緒にベースとドラムスの人選をしたのですが、いまやジャズは世界の音楽であるとの認識から「白、黒、黄」のトリオで行こうと決めました。まずテッドは白人です。ベースの植田典子はバークリー出のニューヨーク在ですが、生粋の日本人、そしてドラムスにはアフリカ系アメリカンをというわけです。しかしドラムスはなかなか固定できず、2006年最初の年はビクター・ルイス、2007年はグレッグ・ハッチンソン、2008年はウィリー・ジョーンズVといった具合でしたが、2009年にクインシー・デイヴィスとなり今年も同じメンバーで来日する予定です。ニューヨークでもこのトリオで演奏しており、ようやくレギュラー・トリオと呼べるようになりました。
 テッド・ローゼンタール・トリオはいくつかのテーマを持っています。たとえば、クラシック音楽のジャズ化 。ジャズとクラシックの融合がテッドの目標のひとつなのです。そしてジョージ・ガーシュイン。ルネス・ホールではこのホールが建設された1920年代を映し出す企画を積極的に行ってきましたが、テッドもガーシュインが大好きで、今回のレコーディングでもガーシュインの作品が3曲入っています。そのなかの「プレリュード第二番」はあまり知られていないガーシュインのスロー・ブルースですが、「サマータイム」のように日本人の琴線にふれる何かを持っています。またシンフォニー・オーケストラと「ラプソディ・イン・ブルー」を米国各地で共演したり、ポール・ホワイトマンが演奏したオリジナルの譜面による「ラプソディ・イン・ブルー」をニューヨークで演奏しています。3つ目のテーマがテッドの大好きなアメリカン・ソングブックともいえる唄ものを彼の粋なアレンジを施して演奏することで、このアルバムにもそういったナンバーがたくさん収められています。

 私がテッド・ローゼンタールと最初に会ったのは、ニューヨークでKEN MUSICというレーベルを立ち上げて活動していた1990年でした。テッドは第2回セロニアス・モンク・コンペティションで優勝し、その賞金を元手にロン・カーター(b)、ビリー・ヒギンズ(ds)のトリオにトム・ハレル(tp)を加えたカルテットで録音していました。そのデモ・テープを持って私の事務所に現れたのです。そのときの録音テープは、「N.T.N.T.(ニュー・チューンズ・ニュー・トラディションズ)」というタイトルで彼の初リーダー・アルバムとなりKEN MUSICよりリリースされました。以来20年を越えるつき合いになります。  
 今回の録音は録音のための寄せ集めではなく気心の知れた仲なので、きわめてスムースに進行しました。当日スタジオに集まって初めて譜面を渡されることがよくあるのですが、譜面に強いミュージシャンとあまり強くないミュージシャンでは、当然差がつきます。その点レギュラー・トリオは強いです。録音前日にマンハッタンにあるテッドのスタジオでリハーサルをしっかりと行いました。 テッドのスタジオには、スタインウェイD-274すなわちフルコンと呼ばれる一番大きいグランド・ピアノが鎮座していました。もちろん商売道具ではありますが、音楽に賭ける心意気を感じます。20年前にCDの写真をこのスタジオで撮ったときはもっと小さなピアノでした。
 入念なリハーサルのおかげでレコーディングは1日で録り終えました。ニュージャージーのスタジオはハンブルグ製のスタインウェイでしたが、ニューヨーク(とその近郊)のスタジオではちょっと珍しいピアノです。ブライトな響きのする大変良いピアノでした。ブースに入って録音するというより完全な3部屋で、ガラス越しに3人がアイ・コンタクトをとりながらの録音でした。トリオ用にセッティングはできあがっていましたので到着後すぐに始められました。
 翌日を予備日に充てており、テッドは熱心にもその日もまた録音です。この日も問題なく進行しましたが、ちょっと気になった曲は何回か取り直しをしました。テクニックのうえで引っかかったのではなく、構成についての発想がいろいろと出てきたので、曲想をがらりと変えて何度も挑んだのが「アウト・オブ・ジス・ワールド」でした。みんなとても好きな曲だっただけにアイディアがいっぱいで、何度もチャレンジしたという次第です。結果は聴いてみてください。自信作のひとつです。
                                                  (2010.4.19. 藤原憲一)

テッド・ローゼンタール
1959年ニューヨーク郊外グレート・ネック生まれ。12歳のときにピアノをはじめ、チャーリー・パーカーやスタン・ゲッツと共演したトニー・アレスに師事し、高校時代にはレニー・トリスターノやジャッキー・バイアードから手ほどきを受けた。その後NYCでライヴ活動を行う一方で、マンハッタン音楽院でクラシカル・ピアノを学んでいる。 1988年に国際セロニアス・モンク・ピアノ・コンテストで優勝したことで脚光をあび、『New Tunes, New Traditions』にはじまり、今回の作品は12枚目のリーダー作。 1990年代にはジェリー・マリガン・カルテットのピアニストとしてマリガンの3枚のアルバムにも参加。マリガンの死後はジェリー・マリガン・オールスター・トリビュート・バンドを結成して、リー・コニッツやランディ・ブレッカーらと吹き込んだ『Thank You, Gerry!』がグラミー賞にノミネートされた。 音楽教育にも熱心で、現在ジュリアード音楽院とマンハッタン音楽院でピアノとアンサンブル・コースの教授をつとめている。

植田典子
兵庫県宝塚市出身。大阪音楽大学短期大学部声楽科を卒業後、1995年に米バークリー音楽院のジャズ作曲科に奨学金を得て入学。卒業後、ジャズ・ベーシスト、作曲・編曲家としてニューヨークを拠点に活動しているが、女性だけのビック・バンド、DIVAにもベーシスト/コンポーザーとして参加。尊敬するベーシストはレイ・ブラウン。 2000年よりBMI(楽曲著作権の管理団体)のジャズ作曲家ワークショップにも籍を置き、ビック・バンドの作曲、編曲活動を行っており、2002年にBMI主催のチャーリー・パーカー・コンテストでビック・バンド用のオリジナル曲「Castle in the North」が最優秀賞を受賞した。

クインシー・デイヴィス
 1977年ミシガン州グランド・ラピズ生まれ。幼少からドラムスを叩き、ミシガン州のインターローケン・アーツ・アカデミーでクラシックの打楽器奏法とドラムスを学んだ。1995年ウェスタン・ミシガン大学に入学し、ビリー・ハートについてジャズ・ドラミングを学び、各地の学生ジャズ祭に出演して経験を積んだ。  卒業1年後の2000年にニューヨークに進出し、ウィントン・マルサリス、ジョン・ファディス、ロイ・ハーグローヴ、フランク・ウェス、エリック・リードらと共演する傍ら、ベニー・グリーン・トリオに1年、トム・ハレル・クインテットに4年在籍した。ニューヨークを中心に活躍中。

@アウト・オブ・ジス・ワールド
1945年にジョニー・マーサーが作詞、ハロルド・アーレンが作曲して、ビング・クロスビーによって紹介された、不思議な感覚をもったファンタジックな曲。テッドを中心に三者一体となって多彩なプレイを繰り広げる。1曲目から圧倒的な音エネルギーだ。 

Aソー・イン・ラヴ
コール・ポーター作詞作曲。1948年のブロードウェイ・ミュージカル『キス・ミー・ケイト』のために書かれた。テッドは抑制を効かせてメランコリックに始めるが、次第にテンポを変化させ溢れんばかりの情熱を解き放つ。

Bジョーンズ嬢に会ったかい?
ロレンツ・ハートが作詞、リチャード・ロジャースが作曲して、1937年のブロードウェイ・ミュージカル『アイド・ラザー・ビー・ライト』で紹介された。テッドの流麗でスインギーこの上ない指先に豊かな着想が息づいている。

Cプレリュード第二番
ジョージ・ガーシュインが1926年に出版した3本のプレリュードのうちの1作品。この第二番はブルースの芳香が立ち昇るジャズ向きの素材といえる。テッドの着眼点と卓越したピアニズムの勝利だ。

Dエンブレイサブル・ユー
ガーシュインが続く。1930年のブロードウェイ・ミュージカルの『ガール・クレイジー』で紹介されたナンバーで、作詞は兄のアイラ。テッドは愛らしいメロディーをいっそうチャーミングに響かせる。

E粋な噂をたてられて
リチャード・ロジャースがロレンツ・ハートとのコンビを解消して、オスカー・ハマースタイン2世と組んだ初めての作品、1943年のブロードウェイ・ミュージカル『オクラホマ!』からのナンバー。ここでも三人が一丸となって疾走し、各人が存分に力を発揮する。

Fロータス・ブロッサム
このアルバム唯一のジャズ・オリジナル。デューク・エリントンの片腕として活躍した作曲家・編曲家・ピアニストのビリー・ストレイホンが1947年に作曲した耽美的な作品。原題は「シャーロット・ルッセ」だった。テッドのピアノは控えめなタッチの中にも雄弁に語りかけてくる。

Gハウ・ロング・ハズ・ジズ・ビーン・ゴーイング・オン?
これもガーシュイン兄弟の作品で、1927年のブロードウェイ・ミュージカル『ファニー・フェイス』に使われた。映画『パリの恋人』(1957)でオードリー・ヘプバーンがNYCグリニッジの古書店で歌ったシーンが懐かしい。

Hクライ・ミー・ア・リヴァー
ジュリー・ロンドンの出世作・ヒット曲としてあまりにも有名だ。1953年にアーサー・ハミルトンが作詞作曲して、映画『皆殺しのトランペット』(ああ物騒!)でエラ・フィッツジェラルドが歌う予定だったが実現せず、眠らせてしまうのは勿体無いと思った監督・主演のジャック・ウェッブが元女房のジュリーに勧めて大ヒットしたといういわくつきの曲。

Iイン・ザ・ウィー・スモール・アワーズ・オブ・ザ・モーニング
フランク・シナトラの名唱で知られるブルー・バラード。テッドは、シナトラが歌わなかったヴァースから入る。アルバムの掉尾を飾るに相応しいしめやかなバラード、そしてイマジナティヴなプレイだ。1955年にボブ・ヒリアードが作詞、デイヴ・マンが作曲。

 

 

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