『ターン・ミー・ルース』/ダイアン・ハブカ I Like It Here/Eden Atwood Live In Tokyo + 1Eden Atwood

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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sinatra society of japan
TOPSinatra Society of Japan presents新録音シリーズ>『ライク・サムワン・イン・ラヴ』/イーデン・アトウッド

『ライク・サムワン・イン・ラヴ』/
イーデン・アトウッド
Like Someone in Love/
Eden Atwood

\2800 (XQAM-1517)

原盤:SSJ

2009年3月・6月、2010年6月/
ロサンゼルス郊外

2009年、5年ぶりの新作『ターン・ミー・ルース』で大復活をとげたイーデンによるSSJ第二弾はスタンダード・アルバム。スケール・アップしたその歌声に魅了されるはず。
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1. Someone to Watch Over Me/サムワン・トゥ・ウォッチ・オーバー・ミー >>試聴
2. My One and Only Love/マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ>>試聴
3. Like Someone in Love/ライク・サムワン・イン・ラヴ>>試聴
4. All My Tomorrows/オール・マイ・トゥモロウズ>>試聴
5. Make Someone Happy/メイク・サムワン・ハッピー>>試聴
6. My Romance/マイ・ロマンス>>試聴
7. I Wish You Love/アイ・ウィッシュ・ユー・ラヴ>>試聴
8. So Nice (Summer Samba)/ソー・ナイス(サマー・サンバ)>>試聴
9. Alfie/アルフィー>>試聴
10. When October Goes/ホエン・オクトーバー・ゴーズ(日本盤のみ)>>試聴
11. I'll Be Seeing You/アイル・ビー・シーイング・ユー>>試聴
12. Easy Street/イージー・ストリート>>試聴
13. Here's to Life/ヒアズ・トゥ・ライフ>>試聴
 

イーデンとの出会い


  イーデン・アトウッドとの出会いは1996年11月4日、名古屋市民会館の楽屋だった。当時私は富士通の宣伝部に所属し富士通コンコード・ジャズ・フェスティバルを担当していた。その日の午後に新幹線で東京から名古屋に向かい、コンコード・レコードの名物社長カール・E・ジェファーソン氏から紹介されたのだ。ジェファーソン社長からは「すごい美人シンガーと契約した。是非呼んでほしい。」と再三アプロ-チを受けていたが、名古屋で初めて本人に会ったときはその眩いばかりの美貌に加えて2メートルあるのではないかという背の高さに驚いた。実際は180センチだから、ヒールをはくと190センチぐらいではあったのだが。 
 帰国後しばらくするとコンコードを離れ、5歳から住んでいたモンタナに帰ったからだろうかEメールが通じなくなり、没交渉になってしまった。


 そして2002年。輸入レコード店にSangajiというインドネシアのレーベルから出た
『The Girl From Ipanema』『My Ideal』という2枚の新譜が並んだ。加えて『Waves』『This is Always』(ともにGroove Note)と続いたが、歌が格段に上達しその健在ぶりがうれしかった。コンコード時代のイーデンは、基礎はしっかりできていたものの、歌おうという意識が強すぎるのか気負いがときに歌をからまわりさせていたが、21世紀のイーデンはシンガーとして幾重にもステップ・アップ、スケール・アップしていた。


5年ぶりの新録音

 1年間の試運転(M&I音楽出版にプロデューサーとして参加)を経て私がSSJレーベルを立ち上げたのは2006年3月である。当初はアメリカのメジャーやマイナーあるいはアーティスト本人からライセンスされた音源で活動を開始した。新録音は経費もかかるし、企画から人選、交渉、録音と大変な時間とエネルギーを必要とするので敬遠した。それでも日本人アーティストをスタジオ録音し、CDのキャンペーンで招聘した海外アーティストをライヴ録音してカタログを充実させていったが、2008年も後半に入るとそろそろアメリカでレコーディングをする時期がきたと判断した。 歌がうまくて美人でインパクトのある歌手という欲張った条件にピッタリあてはまるのが、10数年前に知り合いその後長足の進歩をとげていたイーデン・アトウッドだった。
 インターネット時代に入った今、彼女をみつけるのは簡単だった。彼女のHPからメールを送ってレコーディングを依頼したところ、さっそく「是非やりたい」と返ってきた。彼女もそろそろ新しいアルバムを作りたいと思っていたようで、そのあとはトントン拍子に決まり、2009年3月にロスでのセッションが組まれた。イーデンはピアニストのデイヴィッド・モーゲンロスをモンタナから連れてきた。ドラムスは富士通コンコードを通じて知り合った旧知のジョー・ラバーベラに頼んだ。富士通を辞したあと「いつか一緒に仕事をしよう」と約束していたし、イーデンとのレコーディング経験もあった。ベースはSSJからアルバムを3枚だしているダイアン・ハブカ(vo)が推す中堅の実力者クリス・コランジェロに決まった。そしてスタジオはジョーの推薦で、ロス郊外のサンファーナンド・ヴァレーにあるアンブレラ・メディアに決定。ここのオーナー&エンジニアのアンディ・ウォーターマン氏はロス地区では知られた優秀なエンジニアで、インタープレイ・レーベルを主宰するロス在住の妙中俊哉プロデューサーによるインタビュー記事が『ジャズ批評』誌の2010年号に掲載されているので、ご覧になった方もおられるだろう。

 セッションは大変スムーズに進行しイーデンの調子もよかったので、あと何曲か録音しようということになった。トリオ用のアレンジがなくなり、普段デイヴィッドのピアノだけでやっている曲が選ばれた。それが「アイル・ビー・シーイング」や「ヒアズ・トゥ・ライフ」ほかだった。それだけではアルバム1枚分に満たないので改めて組まれたのが、イーデン = デイヴィッド = クリスによる6月のセッションである。このときはスタンダードやブルージーな曲をとり混ぜてレコーディングされ、3月の録音と合わせて十分にアルバム1枚分のストックができたが、今年に入ってイーデンから「スタンダード・ナンバーとブルージーな曲を分けてアルバムをつくりたい」という意向が伝えられ、再度持たれたのが今年6月のセッションである。今回は都合によりドラムスがジョー・ラバーベラからケンドール・ケイに代わっている。ケンドールは南アフリカ出身の大変繊細なドラマーで、現在ベテラン・シンガーのジャック・ジョーンズのレギュラー・メンバーである。同じくジャック・ジョーンズお抱えのクリス・コランジェロの推薦によるものだった。

SSJ第二弾、さらに第三弾


『ライク・サムワン・イン・ラヴ』は2010年10月のイーデンとデイヴィッドの2度目の来日のタイミングにリリースされるが、来年には録音を終えているブルージー・アルバムの発表が予定されている。デビュー当時どちらかといえば硬質な歌だったイーデンは21世紀にはいって抑制されたアプローチに変化したが、2007年耳に虫が入りノドにまで影響を及ぼして声帯を手術をしたあと声質が変わり、音楽的興味もよりブルージーなものへと傾斜していった。現在のアイドルはジミー・スコットであり、1979年に33歳で自殺したニュー・ソウルのダニー・ハサウェイ、リッキー・ジョー・ジョーンズらである。その結果、是非実現したかったのがブルース・テイストのアルバだったのだ。とはいってもブルースを取り上げているのではなく、ダウンハーテッドな歌の数々をブルージーなフィーリングで歌った作品である。「エンジェル・アイズ」や「朝日のごとくさわやかに」といったスタンダードから「ノルウェイの森」や「サティスファクション」「ジェントル・オン・マイ・マインド」まで幅広い選曲にもかかわらず、イーデンの個性が貫かれた大変意欲的かつユニークな作品となっているので、ご期待いただきたい。バックはデイヴィッド = クリス = ケンドールという鉄壁のトリオに加えて、ギターのクレイグ・ホールが何曲かゲスト出演している。

曲目について

@サムワン・トゥ・ウォッチ・オーバー・ミー
アイラ・ガーシュインが作詞、ジョージ・ガーシュインが作曲して、1926年のブロードウェイ・ミュージカル『オー、ケイ!』でガートルード・ローレンスが紹介した。ふつうヴァースはコーラスより軽く歌われるが、イーデンはヴァースもしっかり意気を込めて歌っている。

Aマイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ
1953年にロバート・メリンが作詞、ガイ・ウッドが作曲して、同年のフランク・シナトラのキャピトル盤で紹介されたが、日本ではジョニー・ハートマンのインパルス盤がポピュラーだ。冒頭コルトレーン派のエイザーのイントロがいいムードを醸し出している。

Bライク・サムワン・イン・ラヴ
1944年にジョニー・バークが作詞、ジミー・ヴァン・ヒューゼンが作曲して、映画『ベルズ・オブ・ザ・ユーコン』(日本劇場未公開)でダイナ・ショアが紹介した。イーデン・のうきうきとしたスウィング感が快い。

Cオール・マイ・トゥモロウズ
サミー・カーンが作詞、ジミー・ヴァン・ヒューゼンが作曲して、フランク・シナトラが主演映画『波も涙も暖かい』(1959)のタイトル・バックで歌った。ここでもエイザーのテナーが歌全体をスケール・アップさせている。

Dメイク・サムワン・ハッピー
ベティ・カムデンとアドルフ・グリーンが作詞、ジューリィ・スタインが作曲して、ブロードウェイ・ミュージカル『ド・レ・ミ』で紹介された。イーデンはゆったりとしたテンポの中で濃厚な歌を聴かせる。彼女の歌唱力を証明したショウケース。

Eマイ・ロマンス
ロレンツ・ハートが作詞、リチャード・ロジャースが作曲して、1935年のブロードウェイ・ミュージカル『ジャンボ』で紹介された。通常はドリーミーに歌われるが、イーデンはパワフルで個性的な歌を展開する。

Fアイ・ウィッシュ・ユー・ラヴ
1946年にシャルル・トレネが作詞作曲したシャンソンで、1955年にリー・ウィルソン(アルバート・A・ビーチのペンネーム)が英詞を書き、キーリー・スミスがアメリカに紹介した。バラードでもよし、アップテンポでもよしの佳曲だが、イーデンはダイナミックなスウィンガー・アプローチを選んだ。

Gソー・ナイス(サマー・サンバ)
マルコス・ヴァーリとパウロ・セルジオ・ヴァーリが1965年に共作したボサノヴァで、ワルター・ワンダレイ(org)のインスト盤(ヴァーヴ)がヒットした。英詞は1966年ノーマン・ギンベル。イーデンは過去にボサノヴァ集を2枚発表しているが、現在もっとも気に入っているボサノヴァ・ナンバーがこれだ。

Hアルフィー
1966年にハル・デイヴィッドが作詞、バート・バカラックが作曲して、マイケル・ケインが主演した同名の映画でシェールが歌って、アカデミー主題歌賞にノミネートされた。伴奏はデイヴィッドのピアノのみ。

Iホエン・オクトーバー・ゴーズ(日本盤のみ)
北九州市在住のイーデンの大ファン後藤誠一氏のリクエストに応えてレコーディングされたナンバー。ジョニー・マーサーの遺作集をバリー・マニロウが未亡人から買い上げて、ローズマリー・クルーニーをイメージしながら1984年に作曲した惜別のバラード。40歳代前半のイーデンはジャズ・ワルツのビートに乗って力強く歌い上げる。

Jアイル・ビー・シーイング・ユー
1938年にアーヴィング・カールが作詞、サミー・フェインが作曲し、1943年第二次大戦下にリバイバル・ヒットした。イーデンが5歳のときに両親は離婚し母親はその後モンタナで再婚したが、その継父が昨年の日本ツアー中に亡くなり、直後の東京のライヴで「父が大好きだった」と歌ったのがこの曲。

Kイージー・ストリート
アラン・ランキン・ジョーンズが1941年に発表した。イーデン好みのブルージーでグルーヴィーなナンバー。「イージー・ストリート」は「オカネに困らない生活」といった意味。

Lヒアズ・トゥ・ライフ
1984年にフィリス・モリナリーが作詞、アーティ・バトラーが作曲して、シナトラに捧げられたが、シャーリー・ホーンのヴァーヴ盤で世に出た。イーデンは2009年の日本ツアーで必ずラスト・ナンバーとして歌っていた。ほろ苦いペイソスを表出した会心のトラック。

パーソネル:
イーデン・アトウッド(vo)
デイヴィッド・モーゲンロス(p, arr)
クリス・コランジェロ(b) except on 9, 11, 13
ジョー・ラバーベラ(ds) on 3, 12
ケンドール・ケイ(ds) on 1, 2, 4, 5, 6, 7, 10
エイザー・ローレンス(ts) on 2, 4, 6, 7

録音:
2009年3月13日  3
2009年6月21日 12
2009年6月22日 13
2009年6月23日  8
2010年6月13日 5, 9, 10, 11
2010年6月14日  2, 4, 6, 7
2010年6月15日 1
アンブレラ・メディア、チャツワース、カリフォルニア

レコーディング&マスタリング・エンジニア:
アンディ・ウォーターマン @ アンブレラ・メディア



    

 
2009年6月2日 小針俊郎       
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