『ナット・キング・コールを歌う!』 /    ゲイリー・ウィリアムズ  Back to the Ballroom/ Richie Kamuca - Buddy Tate

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan
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Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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TOPSinatra Society of Japan presents新録音シリーズ)>『ナット・キング・コールを歌う!』 /ゲイリー・ウィリアムズ

『ナット・キング・コールを歌う!』 /
ゲイリー・ウィリアムズ

Let There Be Love/
Gary Williams
\2,650 (XQAM-1521) 原盤:
BOS Entertainment
録音:2004年 英国グリムスビー
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   シナトラ・トリビュートで日本デビューを果たした英中堅実力派による小粋なナット・キング・コール・ライヴ!

 


1. Let's Face the Music and Dance/レッツ・フェイス・ザ・ミュージック・アンド・ダンス>>試聴
2. It's Only a Paper Moon 〜 This Can't Be Love/イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン 〜 ジス・キャント・ビー・ラヴ>>試聴
3. Nature Boy/ネイチャー・ボーイ>>試聴
4. Walkin' My Baby Back Home/ウォーキン・マイ・ベイビー・バック・ホーム>>試聴
5. Ballerina/バレリーナ>>試聴
6. Day In - Day Out/デイ・イン・デイ・アウト>>試聴
7. The End of a Love Affair/情事の終わり>>試聴
8. Smile/スマイル>>試聴
9. L-O-V-E/ラヴ>>試聴
10. Lover, Come Back to Me/恋人よ我に帰れ>>試聴
11. Orange Colored Sky/オレンジ・カラード・スカイ>>試聴
12.

Straighten Up and Fly Right/ストレイトン・アップ・アンド・フライ・ライト>>試聴

13. Sweet Lorraine 〜 Love Is Here to Stay/スウィート・ロレイン 〜 ラヴ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ>>試聴
14.

The Best Thing for You/ザ・ベスト・シング・フォー・ユー>>試聴

15. On the Street Where You Live/君住む街角>>試聴
16.

Somewhere Along the Way/サムホエア・アロング・ザ・ウェイ>>試聴

17. Let There Be Love/レット・ゼア・ビー・ラヴ>>試聴
18. When I Fall in Love/恋に落ちた時>>試聴
 
 
 

 

歌は女性上位の世界

大型レコード店に行くと、スタンダード・ヴォーカルのコーナーにディスプレイされている新譜のほとんどは女性ヴォーカルである。過去の名盤の棚では、フランク・シナトラやナット・キング・コール、トニー・ベネットら大御所も存在感をアピールしているが、それでも女性群の圧倒的優位はビクともしない。世の中には女性ヴォーカルしか聞かない人が実に多い。個人の嗜好だからどうこういうつもりはないが、男性ヴォーカルも大好きなファン(私もそのひとり)にとっては至極迷惑な話である。
男性ヴォーカルが売れない結果、男性歌手のアルバムを作ろう、出そうという志しのあるレコード会社はきわめて少ない。それでも、不利な状況を打開しようと果敢に挑戦し着実に成果を上げているシンガーたちは確実に存在しており、その中でゲイリー・ウィリアムズは一押しの中堅シンガーである。

                  ゲイリー・ウィリアムズの経歴

英国を代表する男性スタンダード・シンガーとしてまず頭に浮かぶのはマット・モンロー(1930 〜 1985)だが、ゲイリー・ウィリアムズはモンローのあとを継ぐ逸材である。
ゲイリーは1970年12月15日にイングランドの港町グリムスビーで生まれた。幼少からジャズに興味を持ち、記憶に残っている一番古いレコードは4歳のときに聞いたフランク・シナトラのアルバム『ナイス・ン・イージー』だという。アイドルはほかにエラ・フィッツジェラルド、ナット・キング・コール、ヴィック・ダモン、ジャック・ジョーンズ、マット・モンロー、サラ・ヴォーンらで、最も敬愛するのはフレッド・アステア。ジョージ・シアリングやビル・エヴァンスといったジャズ・ピアノの熱狂的なファンでもある。 
独学で歌を学び、シンガーとしてのスタートは19歳と早いほうではなかったが、ロック全盛の時代にあって、卓越した音楽センスと魅力的な歌声で頭角を現した。
1995年グリムスビーでBBC放送ビッグバンドと共演したときにBBCの幹部に注目され直ちに全国ネットのラジオやTV出演を果たし、さらにシナトラをテーマにした1年にわたる全英ツアーを通して気鋭のスタンダード・シンガーとしての地位を築いた。
その後活躍の場をヨーロッパ各地に広げ、2005年にはバッキンガム宮殿でチャールズ皇太子の御前コンサートを実現し、2010年秋アメリカへ。ロサンゼルスで行われた「フランク・シナトラ・フェスティバル」に出演してネルソン・リドル楽団をバックにシナトラ・ナンバーを歌って一気に評価を高めた。
そしていよいよ日本である。ビッグバンドをバックにシナトラ・ナンバーを歌った『シナトラを歌う!』が東大日本大震災の12日後の2011年3月23日に日本デビュー盤としてリリースされた。タイミングとしては決してよくなかったが、熱心なヴォーカル・ファンの間で評判となり、一躍注目されるところとなった。

日本上陸第二弾

『ナット・キング・コールを歌う!』は、2004年5月15日グリムスビーでのライヴ録音である。この頃ゲイリーはジェイムス・ピアソン・トリオを帯同してナット・コールをテーマに掲げて全英ツアーを行っていたが、故郷グリムスビーということでこのショウをレコーディングした。リリースを前提としたものではなかったので、2010年のある日ゲイリーが家の中を整理していて偶然発見するまで収納部屋に入れられたままだった。さっそくこのテープを聴いたゲイリーは当時のツアーでの出来事やライヴでの高揚した気分が込み上げてきた。そして、これは世に出す価値があるという結論に達した。イギリスでのリリースは2011年1月10日である。
前作『シナトラを歌う!』はビッグバンドをバックに颯爽と歌ったスケールの大きい快作だったが、今回はピアノ・トリオという小さい編成でもあり、コージーでヒップな作品になっていて、ゲイリーの別の面を知ることができる。伴奏は、ロンドン随一のジャズ・クラブ、ロニー・スコッツで当時ハウス・トリオをつとめていたジェイムス・ピアソノ(ピアノ)、ジェレミー・ブラウン(ベース)、マット・スケルトン(ドラムス)で、ゲイリーとは大変に息が合いしばしば共演してきた。
なお、ゲイリーのデビュー・アルバムは1990年の『ショウ・ストッパーズ』で、『ナット・キング・コールを歌う!』は早11作品目にあたるが、ライヴ・アルバムとしては、1998年の『An Evening With Gary Williams』に続く2枚目である。

そして、ゲイリーの上陸第三弾は初の日本公演で、2012年11月に予定されている。

曲目解説

@レッツ・フェイス・ザ・ミュージック・アンド・ダンス
1936年にアーヴィング・バーリンが作詞作曲して、ミュージカル映画『艦隊を追って』でフレッド・アステアが歌い、アステアとジンジャー・ロジャースが踊った。ナット・コールはアルバム『レッツ・フェイス・ザ・ミュージック』(1961年録音)で歌っている。 <br />

Aイッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン ジス・キャント・ビー・ラヴ
前者は1933年にビリー・ローズとエドガー・イップ・ハーバーグが作詞、ハロルド・アーレンが作曲した。コールは1943年に吹き込んだ後、1956年の『アフター・ミッドナイト』で再録音。後者は1938年にロレンツ・ハートが作詞、リチャード・ロジャースが作曲した。コールの1953年吹き込みが10インチ・アルバム『ナット・キング・コール・シングズ・フォー・トゥー・イン・ラヴ』に収録された。

Bネイチャー・ボーイ
1946年にヨガ行者のイーデン・アーベツが作詞作曲し、コールに歌ってもらおうと彼の楽屋に置いていったと伝えられる。コール1947年の録音が翌年ビルボード・チャートのトップに立ち、ミリオンセラーを記録した。

Cウォーキン・マイ・ベイビー・バック・ホーム
1930年にロイ・タークとフレッド・E・アイラートが共作した。コールが1951年に吹き込んだキャピトル盤がビルボード・チャートの8位にランクされた。

Dバレリーナ
1947年にボブ・ラッセルとカール・シグマンが作詞作曲し、同年ヴォーン・モンローのヴィクター盤がビルボード・チャートのトップに立った。コールはライヴ盤『アット・ザ・サンズ』(1960年)で披露した。

Eデイ・イン・デイ・アウト
1939年にジョニー・マーサーが作詞、ルービー・ブルームが作曲したナンバー。コールは『レッツ・フェイス・ザ・ミュージック』で歌っている。

F情事の終わり
1950年にエドワード・C・レディングが作詞作曲した。初レコードはダイナ・ショア(RCA)だが、フランク・シナトラ(キャピトル)と『ホエア・ディッド・エヴリワン・ゴー?』(1962年録音)のコールが双璧。

Gスマイル
チャールズ・チャップリンが監督・主演した1936年の映画『モダン・タイムス』のために書いたメロディーに、1954年ジョン・ターナーとジェフリー・パーソンズが歌詞を書いて出版された。レコードは多いが、1954年のコール盤(『バラーズ・オブ・ザ・デイ』収録)が群をぬく名唱。

Hラヴ
1964年にベルト・ケンプフェルトとミルト・ゲイブラーが共作して、同年コールのレコードがヒットし、同名のアルバムが作られた。彼は日本語やイタリア語でも吹き込んでいる。

I恋人よ我に帰れ
1928年にオスカー・ハマースタイン2世が作詞、シグムンド・ロンバーグが作曲して、オペレッタ『ザ・ニュー・ムーン』で紹介された。1953年コールはビリー・メイ編曲の超アップテンポと圧倒的な音量で迫るスウィング・アレンジで歌い、ビルボード・チャートの16位まで上昇。

Jオレンジ・カラード・スカイ
1950年にミルトン・デ・ラグとウィリー・スタインが共作した。コールは同年にアート・ペッパーをふくむスタン・ケントン楽団の伴奏で録音し、ビルボード・チャートの5位まで上昇した。

Kストレイトン・アップ・アンド・フライ・ライト
1944年ナット・キング・コールとアーヴィング・ミルズの共作となっているが、実際にはコールの作品。1943年にナット・キング・コール・トリオが吹き込んだキャピトル盤がビルボード・チャートの9位にランクされた。

Lスウィート・ロレイン ラヴ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ
前者は1928年にミッチェル・パリッシュが作詞、クリフ・バーウェルが作曲した。コールは1940年デッカで、1943年キャピトルで吹き込んだあと、『アフター・ミッドナイト』で再録。後者はアイラ・ガーシュインの作詞、ジョージ・ガーシュインの作曲だが、ジョージの急逝でメロディーが未完だったため、友人のヴァーノン・デュークとオスカー・レヴァントが補作して1938年に出版された。コール1953年の歌が『ナット・キング・コール・シングズ・フォー・トゥー・イン・ラヴ』に収録されている。

Mザ・ベスト・シング・フォー・ユー
1950年にアーヴィング・バーリンが作詞作曲して、ブロードウェイ・ミュージカル『コール・ミー・マダム』でエセル・マーマンとポール・ルーカスが紹介した。コールは『テル・ミー・オール・アバウト・ユアセルフ』(1958年録音)で歌っている。

N君住む街角
ブロードウェイ・ミュージカル『マイ・フェア・レイディ』のために、1956年アラン・ジェイ・ラーナーが作詞、フレデリック・ロウが作曲して、ヴィック・ダモンのコロンビア盤がヒット。コールは『マイ・フェア・レイディ』(1963年録音)で歌っている。

Oサムホエア・アロング・ザ・ウェイ
1952年にサミー・ギャロップが作詞、カート・アダムスが作曲したペイソスあふれる佳曲。1952年にナット・キング・コールの歌がビルボード・チャートの8位まで上昇した。

Pレット・ゼア・ビー・ラヴ
1940年にイアン・グラントが作詞、ライオネル・ランドが作曲した。コールは『ナット・キング・コール・シングズ・ジョージ・シアリング・プレイズ』(1961年録音)で採り上げた。

Q恋に落ちた時
ロバート・ミッチャムが主演した映画『零号作戦』のために、1952年エドワード・ヘイマンが作詞、ヴィクター・ヤングが作曲した。コールはゴードン・ジェンキンスの甘美なフル・ストリングスで『ラヴ・イズ・ザ・シング』(1956年録音)に吹き込んだ。

(2012.4.20. 三具 保夫)


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