re

『レッツ・ビー・フランク』 / ピーター・マーシャル with カラブリア・フォーティー Let's Be Frank/ Peter Marshall

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan
sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

topchronologydiscographyfilmographybest 10interviewsSSJ presentsfan clubshopblogmail

SSJ presents shop

misic bird

amazon

天然石 パワーストーン

 

TOPSinatra Society of Japan presents新録音シリーズ)>『レッツ・ビー・フランク』 /ピーター・マーシャル

『レッツ・ビー・フランク』 /
ピーター・マーシャル with カラブリア・フォーティー

Let's Be Frank/
Peter Marshall
\2,650 (XQAM-1522) 原盤:
Glen Island Music
録音:2011年 米ハリウッド/グレンデイル
>>購入する  

   1940年代から活躍する “最後のクルーナー” による、シナトラとトミー・ドーシーへのオマージュ。だがシナトラのなぞりではない。自分の個性と解釈でみごとに歌いきっているし、アラン・コープランドによるアレンジも実にオシャレだ。85歳とは思えない驚異の歌声を堪能あれ!

 


1. Let's Be Frank 〜 This Love of Mine 〜 I'll Never Smile Again/レッツ・ビー・フランク 〜 ジス・ラヴ・オブ・マイン 〜 アイル・ネヴァー・スマイル・アゲイン>>試聴
2. All or Nothing at All/オール・オア・ナッシング・アット・オール>>試聴
3. It Started All Over Again/イット・スターテッド・オール・オーヴァー・アゲイン>>試聴
4. The One I Love Belongs to Somebody Else/ザ・ワン・アイ・ラヴ>>試聴
5. Darn That Dream/ダーン・ザット・ドリーム>>試聴
6. Will You Still Be Mine?/ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン?>>試聴
7. Polka Dots and Moonbeams/ポルカ・ドッツ・アンド・ムーンビームズ>>試聴
8. The Night We Called It a Day/ザ・ナイト・ウィー・コールド・イット・ア・デイ>>試聴
9. Be Careful, It's My Heart/ビー・ケアフル、イッツ・マイ・ハート>>試聴
10. Street of Dreams/ストリート・オブ・ドリームズ>>試聴
11. I'm Gettin' Sentimental Over You/アイム・ゲッティン・センティメンタル・オーバー・ユー>>試聴
12.

Ending/エンディング>>試聴

 
 

ピーター・マーシャルと聞いてピンとくる人が日本に何人いるだろうか?アメリカのショウ・ビズ界に関心のある人に絞ったとしても1%には到底及ばないだろう。が、アメリカでは超セレブリティーのひとりである。50歳以上の世代での知名度は80%を超えるといわれる。
それほどまでに知名度が高い理由は日本と同じ、TVのお陰だ。ピーターは『ハリウッド・スクエアズ』というゲーム・ショウのホストとして5,000回以上出演した。このショウはジョークを売りにしたが、ピーターは下手をすると収拾のつかなくなるこの番組を手際よくスマートに捌きハンサムなルックスと相俟って、人気司会者となった。しかしながら、彼の原点はシンガーである。

ピーター・マーシャルの経歴

ピーター・マーシャルは1926年3月30日にウェスト・ヴァージニア州のハンティントンで生まれた。本名はラルフ・ピエール・ラコック(Ralph Pierre LaCock)。
10歳のときに父親を亡くし、2年後に衣装デザイナーだった母と3歳年上の姉のジョーンとニューヨークへ移り、シンガーを目指してNBCのスタッフ・シンガーに採用された。17歳のときにボブ・チェスター楽団の歌手になったが、残念ながらこの時代のレコードはない。1944年に陸軍に召集されてイタリアに赴き、1946年に除隊したあと1950年前後にトミー・ヌーナン(1953年のミュージカル映画『紳士は金髪がお好き』でマリリン・モンローの相手役)とコメディー・コンビを組んで成功し、ナイトクラブや映画、テレビに出演して脚光を浴びた。ピーターが歌の世界にもどってきたのは1961年で、この年にロンドンでのステージ・ミュージカル『バイバイ・バーディー』や1965年のブロードウェイ・ミュージカル『スカイスクレイパー』で主役をつとめた。
しかし、ピーターが超有名人になったのは冒頭で述べたように、1966年に始まった『ハリウッド・スクエアズ』でホスト役に起用されてからである。このデイリーの番組はNBCの看板番組のひとつとなり、同時にピーターの人気も高まり1981年まで出演を続けたが、収録は週一回だったため少なくとも年の半分はラスヴェガスのステージに立っていた。1984年には12回のTVシリーズ『ビッグバンズ・フロム・ディズニーランド』に出演して、ウディ・ハーマンやライオネル・ハンプトン、バディ・リッチほかのビッグバンドをバックに歌った。
初のリーダー・アルバムは1969年のドット盤『フォー・ザ・ラヴ・オブ・ピート』だが、音楽にたいする情熱は今も衰えず、2000年にサミー・ネスティコやレイ・エリスのアレンジで愛妻のローリーに捧げた『ボーイ・シンガー』を、2003年にレイ・エリスの編曲でビリー・ホリデイへのトリビュート『ノー・ハッピー・エンディングズ』を発表し、2011年秋にレコーディングされたのが本作『レッツ・ビー・フランク』である。長いキャリアと実力に比してアルバムの数はきわめて少ないが、ピーターは第二次大戦をはさんで一世を風靡したビッグバンド・サウンドとその時代の名曲の数々を21世紀の今に継承している貴重な現役シンガーである。

ちなみに、美人の誉れ高い姉のジョーン(1923〜1996)はジョーン・ドルー(Joanne Dru)としてスクリーン界で活躍した。代表作はジョン・ウェインの相手役をつとめた『赤い河』(1948)や『黄色いリボン』(1949)で、歌手のディック・ヘイムズは最初の夫である。

『レッツ・ビー・フランク』

『レッツ・ビー・フランク』の大半はハリウッドのキャピトル・タワーにある一番大きいスタジオでオーケストラと同時録音された。このスタジオAは、フランク・シナトラやナット・キング・コール、ペギー・リー、ナンシー・ウィルソンらキャピトル専属の往年の大シンガーたちも使った、歌手にとっての聖地である。
ピーター・マーシャルはビッグバンド黄金期を代表するトミー・ドーシー楽団と専属歌手だったフランク・シナトラ(1940〜1942年在籍)のナンバーを採り上げている。また、編曲と指揮のアラン・コープランドがこのアルバムのコンセプトに沿って冒頭のメドレーの1曲目「レッツ・ビー・フランク」に加えて、ACEほかいくつかの曲のために追加の歌詞を提供した。
ピーターの歌声は80歳代とはとても信じられない。深いバリトン・ヴォイスには艶と潤いがあり声も十分に弾んでいる。そして何よりも、ゴージャスなビッグバンド・サウンドをバックに歌う歓びがダイレクトに伝わってくる。彼の百万ドルの笑みが浮かぶようだし、聴いていてこちらの心も躍動しいつしか幸せな気持ちに包まれる。
さらにこのアルバムの肝心なところは、シナトラやドーシーのなぞりをやっていないことである。つまりナツメロ集ではない。題材はシナトラやドーシーでおなじみのナンバーだが、ピーターは100%自分のスタイルと個性で歌っている。ピーターの歌に強いて誰かの影響をみるとすれば、姉ジョーンの夫だったディック・ヘイムズということになろう。ということは、ヘイムズはシナトラに影響を受けシナトラを目指したシンガーだから、ピーターとシナトラは間接的に繋がっていることになる。
若き日のシナトラ、そして生涯ヘイムズはクルーナーだったが、その衣鉢を継ぐピーターは華やかなりしビッグバンド時代を体験した“最後のクルーナー”である。

『ボーイ・シンガー』、『ノー・ハッピー・エンディングズ』そして『レッツ・ビー・フランク』はいずれも一流アレンジャーに編曲を委嘱し、伝説のキャピトル・スタジオAにロスの一流ミュージシャンを集めてリアルタイムでレコーディングするという伝統的な方法がとられた。『レッツ・ビー・フランク』ではアラン・ブロードベント(p)、チャック・バーグホファ(b)、ジョー・ラバーベラ(ds)らが名を連ね、コーラス・グループのザ・ドリーム・ウィーヴァーズにはいま注目のディーバ、カラブリア・フォーティーが参加し、BEGIではピーターと息のあったデュエットを聴かせる。

曲目解説

@レッツ・ビー・フランク ジス・ラヴ・オブ・マイン アイル・ネヴァー・スマイル・アゲイン
ビッグバンド時代のスピリットを現代のサウンドで表現したアラン・コープランドの書き下ろしテーマ「レッツ・ビー・フランク」に続く「ジス・ラヴ・オブ・マイン」は1941年にフランク・シナトラが作詞、ソル・パーカーとシナトラのマネージャーだったハンク・サニコラが作曲したナンバー。シナトラをフィーチャーしたドーシー盤(以下もふくめヴィクター原盤)がビルボード・チャートの3位まで上昇。カナダのルース・ロウが作った「アイル・ネヴァー・スマイル・アゲイン」はシナトラ=ドーシー盤がチャートの首位に立った。ピーターのしなやかな歌声に早くも心を奪われる。 

Aオール・オア・ナッシング・アット・オール
ジャック・ローレンスとアーサー・アルトマンが共作して、1939年にシナトラをフィーチャーしてハリー・ジェイムス楽団がコロンビアに吹き込んだが、当時はヒットせず1943年にシナトラ名義で再発されてチャート・ナンバーワン、ミリオンセラーとなった。ピーターは軽快に疾走するコーラスとバンドの上をスマートにスウィングする。

Bイット・スターテッド・オール・オーバー・アゲイン
1942年にビル・ケアリーが作詞、カール・フィッシャーが作曲した。シナトラ=ドーシー盤がチャートの4位まで上昇。ピーターのクルーナーとしての真価を発揮した1曲。フォーティーも情感豊かにいいムードを醸し出す。

Cザ・ワン・アイ・ラヴ
1924年にガス・カーンが作詞、バンド・リーダーのアイシャム・ジョーンズが作曲した。シナトラ=ドーシー盤がチャートの11位まで上昇。後半でピーターはコープランドの書いた歌詞をユーモアたっぷりに歌う。
Dダーン・ザット・ドリーム
1939年にエディ・デ・ラングが作詞、ジミー・ヴァン・ヒューゼンが作曲した。アニタ・ボイヤーをフィーチャーしたドーシー楽団のレコードがチャートの16位まで上昇。ヘイムズにも通じるペイソスを滲ませたしみじみとした表現が心にしみる。

Eウィル・ユー・スティル・ビー・マイン?
1941年にトム・アデアが作詞、マット・デニスが作曲した。コニー・ヘインズをフィーチャーしたドーシー楽団のレコードがチャートの29位まで上昇。ピーターの弾むような歌声が実に若々しい。80歳を超えてもセクシーでダンディー、若いフォーティーと歌っても自然だ。そしてコーラスの男性メンバーも加わり、ブロードベントのコンプもグルーヴィー。アルバムで一番の聴きもの。

Fポルカ・ドッツ・アンド・ムーンビームズ
1940年にジョニー・バークが作詞、ジミー・ヴァン・ヒューゼンが作曲した。シナトラ=ドーシー盤がチャートの18位まで上昇。ノスタルジーを誘う歌、サウンド、歌声だ。

Gザ・ナイト・ウィー・コールド・イット・ア・デイ
1941年にトム・アデアが作詞、マット・デニスが作曲した。シナトラ初のソロ録音4曲のひとつで、「夜も昼も」がヒットした。ピーターのロマンティックでソフトな歌声とフォーティーの儚さを漂わせながらも存在感のあるスモーキー・ヴォイスの対比が快い。

Hビー・ケアフル、イッツ・マイ・ハート
1942年にアーヴィング・バーリンが作詞作曲し、ミュージカル映画『スイング・ホテル(原題:ホリデイ・イン)』でビング・クロスビーが歌い、フレッド・アステアが踊った。シナトラ=ドーシー盤がチャートの13位まで上昇。ここでもピーターの洒脱で表情豊かなフレージングがお見事。ピーターに応えるブロードベントも活き活きとしている。

Iストリート・オブ・ドリームズ
1932年にサム・ルイスが作詞、ヴィクター・ヤングが作曲した。シナトラ=ドーシー盤がチャートの17位まで上昇。ピーターはファンタジックな曲想を十分余すところなく歌い綴っていく。

Jアイム・ゲッティン・センティメンタル・オーバー・ユー
1932年にネッド・ワシントンが作詞、ジョージ・ベースマンが作曲した、いわずと知れたトミー・ドーシー楽団のテーマ曲。ドーシー楽団のヴィクター盤がチャートの8位まで上昇。シナトラはドーシー楽団時代にレコーディングしていないが、1961年のアルバム『アイ・リメンバー・トミー』(リプリーズ)に吹き込んだ。

Kエンディング
ピーター・マーシャルからアラン・コープランドやカラブリア・フォーティー、ミュージシャン、シンガーたちへの謝辞と、シナトラのエンディング・テーマだった「プット・ユア・ドリームズ・アウェイ」の一節♪Put your dreams away for another day♪でアルバムは終わる。俳優やインタビューア、司会者も経験したピーターだけにトークも一流だ。

パーソネル
ピーター・マーシャル(vo)
カラブリア・フォーティー(vo on 3, 6, 8, 10)
アラン・ブロードベント(p)
チャック・バーグホファ(b)
ジョー・ラバーベラ(ds on 1, 2, 5, 7)
ケンドール・ケイ(ds on 3, 4, 6, 8, 9, 10, 11)
シド・ジェイコブス(g)
ボブ・マチェズニー(tb)
ザ・ドリーム・ウィーヴァーズ:
  サリー・スティーヴンス(リーダー 1 ?11)
  カラブリア・フォーティー(1 - 11)
  キャティ・キャンベル(1, 2, 5, 7)
  シンディ・ブアーキーン(1, 2, 5, 7)
  ジェニファー・バーンズ(1, 2, 5, 7)
  シェリー・イザード(1, 2, 5, 7)
  メリッサ・マッケイ(1, 2, 5, 7)
  フレッチャー・シェリダン(1 - 11)
  グレッグ・ウィプル(1, 2, 5, 7)
  ジェラルド・ホワイト(3, 4, 6, 8, 9, 10, 11)
  イアン・フリーベアン-スミス(1, 2, 5, 7)
  エリック・ブラッドレイ(1 - 11)
ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、口笛(エディ・ジェイコブス)

                                              (2012.4.16. 三具 保夫)


上にもどる



 

   

Copyright (C) シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン:本サイトで掲載の全ての記事・写真の無断転載を禁じます。