『ウィッチクラフト』/ クロード・ウィリアムソン Blue In Green/John Wood

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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sinatra society of japan
TOPSinatra Society of Japan presentsジャズ・アルバム (インストゥルメンタル)>『ウィッチクラフト』/ クロード・ウィリアムソン

『ウィッチクラフト』/
クロード・ウィリアムソン
The Fabulous Claude Williamson Trio /
Claude Williamson
特別価格
 (XQAM-1603)
原盤:コントラクト ⇒ クロード・ウィリアムソン
1961年録音 紙 ジ ャ ケ ッ ト 初 登 場
>>購入する  

   “白いパウエル”といわれたバド・パウエルの信奉者で西海岸きってのバップ・ピアニスト=クロード・ウィリアムソンが、1961年に吹き込んだ歌心あふれるトリオ・アルバム。 フランク・シナトラの愛唱歌をジャジーに、スインギーに、スタイリッシュに弾いている。
 


1. Witchcraft/ウィッチクラフト>>試聴
2. BA Foggy Day/霧深き日  >>試聴
3. Young at Heart/ヤング・アット・ハート>>試聴
4. You Make Me Feel So Young/ユー・メイク・ミー・フィール・ソー・ヤング>>試聴
5. Nancy/ナンシー>>試聴
6. The Lady Is a Tramp/ザ・レイディ・イズ・ア・トランプ>>試聴
7. Anything Goes/エニシング・ゴーズ  >>試聴
8. All the Way/オール・ザ・ウェイ>>試聴
9. While We're Young/ホワイル・ウィア・ヤング>>試聴
10. They Can't Take That Away from Me/誰も奪えぬこの想い>>試聴
11. At Long Last Love/アット・ロング・ラスト・ラヴ>>試聴
 
   クロード・ウィリアムソンは日本で最も愛されているピアニストの1人だ。それを証明する上で2つのポイントがある。1つはモダン・ジャズの黄金時代に代表作を残していること。『ラウンド・ミッドナイト』(1957年、Bethlehem)がそれに該当する。もう1つは日本制作によるリーダー作のタイトル数。このジャンルではハンク・ジョーンズ、ケニー・ドリュー、レイ・ブライアントらの実績が知られるが、70年代以降のウィリアムソンの足跡も彼らに劣らないものだ。スタジオ・ワークに活動の主軸を移したため、リーダー作を吹き込まなかった15年間のブランクをはさんで、77年に復帰作『All God’s Chillun Got Rhythm』(Seabreeze)を録音。90年までの14年間に残した14作のうち11作をプロデュースした妙中俊哉氏の存在が見逃せない。インディペンデント・レーベルのプロデューサーはアーティストに惚れ込んで、レコーディングを実現させるもの。やはり同じ時代に復帰したアル・ヘイグのアルバムを手がけた妙中氏は、公私共にウィリアムソンに最も近い人物だった。78年の『クレオパトラの夢』(Interplay)で再評価を決定付けたウィリアムソンは、妙中氏とのコラボレーションを続けたからこそ日本での人気を定着させたと言っていい。90年代にはヴィーナス・レコードが原盤制作を手がけて、70年代の復帰劇をリアルタイムで知らないような若い音楽ファンにもウィリアムソンの魅力をアピールしたのだった。
 1926年11月18日バーモント州ブラットルボロで生まれたウィリアムソンは、7歳から10年間クラシック・ピアノを学習。ハイスクール時代にジャズと出会い、テディ・ウィルソンから影響を受けた。卒業後は獣医学の道に進むつもりだったところ、方向転換してボストンのニューイングランド音楽院に進学。この時期ビバップに衝撃を受け、週末になるとニューヨークに出かけてチャーリー・パーカーやバド・パウエルのライヴを体験し、ますますビバップにのめり込んだ。ここで注目したいのが、当時ウィリアムソンが同じようにピアノを弾けるようになりたいと憧れたパウエル(24年生まれ)やアル・ヘイグ(23年生まれ)とは、あまり年齢差がなかったことだ。同院の教官の協力を得てビバップを身につけると、在学中にバンド活動をスタート。学生時代はNYCに通って、ビバップのメッカで啓示を受ける生活を続けた。卒業後はすぐさまボストンからNYCへ拠点を移すのが自然と思われるところ、ウィリアムソンが向かったのはLAだった。先に南カリフォルニアへ移っていた同院の恩師を慕ってのことである。54年の初リーダー作『サルート・トゥ・バド』(Capitol)を皮切りに、レコーディング・キャリアの第1期と言える62年までの大半のアルバムをLAで制作することになるわけだが、ウィリアムソンが47年にLAを選択したことがジャズ人生の方向を決定づけたといっても過言ではない。ジャム・セッションを通じて同地のジャズ・シーンでキャリアを積み、同年チャーリー・バーネット楽団に参加。前任ピアニストのビル・ミラーは後年フランク・シナトラの伴奏者を務めている。50年代にはジューン・クリスティ、バド・シャンクのバンドや、ハワード・ラムゼイ・ライトハウス・オールスターズで演奏。『キーズ・ウェスト』(55年、Capitol)、前述の『ラウンド・ミッドナイト』等のリーダー作によって、白人パウエル派の代表格の称号を得ることになる。

  今回リリ−スされる本作『ウィッチクラフト』(原題『The Fabulous Claude Williamson Trio』)は、ウィリアムソンが第一線を退く直前の61年に吹き込まれたリーダー作として、ファンから支持を得てきたトリオ・アルバムだ。西海岸のマイナー・レーベル、Contractには翌年もう1枚、ハーブ・エリス参加のカルテット作『シアター・パーティー』を残している。本作はウィリアムソンがビヴァリーヒルズのクラブ“プッチーニズ”に出演した時に着想を得たコンセプト・アルバムだという。同店のラザーニャに舌鼓を打ったフランク・シナトラに因んだ、「シナトラ愛唱曲集」である。シナトラ・トリビュート作はこれまでに数多く生まれており、近年ではジョン・ピザレリがクレイトン=ハミルトン・ジャズ・オーケストラと共演した『ディア・ミスター・シナトラ』(Telarc)や、マイルス・デイヴィスを驚嘆させたことで知られるジョーイ・デフランセスコの『プレイズ・シナトラ・ヒズ・ウェイ』(High Note)が記憶に新しい。2人共イタリア系アメリカ人であり、その先輩格であるシナトラにシンパシーを感じて取り組んだプロジェクト作、と見ることも可能だろう。本作に関してはウィリアムソンとシナトラの間に直接の関係があったことが制作動機ではない模様だが、シナトラの自己レーベル=リプリーズの創設期と同じタイミングで録音されたことは興味深い。




【 曲目 】
@ウィッチクラフト
オープニングを飾るこのトラックがアルバムの色調を物語っている。明るく軽快にスキップするようなピアノ・プレイに、西海岸派の資質を反映。トリオ・ヴァージョンでは59年のビル・エヴァンスが有名だが、ここでのウィリアムソンはマイ・ペースの演奏だ。

A霧深き日
この軽やかさで想起したのがレッド・ガーランド。しかしピアノ・サウンドの色あいは決定的に異なる。この時点で早くも本作は、それ以前のパウエル・ライクな行き方とは違うということが、ファンにはわかるはずだ。ウィリアムソンは当時、新機軸を打ち出していた。

Bヤング・アット・ハート
エロール・ガーナー風のビハインド・ザ・ビートと、ガーランド譲りのコード・ワーク。ここでのウィリアムソンには「バド・パウエル」の意識はない。むしろシナトラを意識した結果、このような演奏が生まれたと考える方が正しいのだろう。

Cユー・メイク・ミー・フィール・ソー・ヤング
テーマ部で音域のコントラストを描き、シングル・ノートで楽曲の魅力を表出。この曲はキャロル・スローンやバリー・マニロウがシナトラ・トリビュート盤に収録している。

Dナンシー
61年にはビル・エヴァンスと共にキャンボール・アダレイが、62年にはジョン・コルトレーンがカルテットでこの曲を吹き込んでいることに注目したい。ウィリアムソンはソロ・ピアノで、両者とは違う楽曲の魅力を引き出している。

Eザ・レイディ・イズ・ア・トランプ
エラ・フィッツジェラルド『エラ・イン・ベルリン』(Verve)の名唱で知られるこの曲を、アップ・テンポの奔放なプレイでリメイク。本作中、最もバピッシュな演奏を堪能することができる。

Fエニシング・ゴーズ
ベネット、エラ、ロージーなど多くのヴォーカリストがカヴァー。映画『インディ・ジョーンズ』で使用されていたのも印象的。ブラッド・メルドーの近作は目から鱗のヴァージョンだった。ウィリアムソンは高低の音域を対比させたプレイで妙味を醸し出す。

Gオール・ザ・ウェイ
スロー・テンポの演奏はエロール・ガーナー、テディ・ウィルソン、アート・テイタムを想起させ、ピアニスト=ウィリアムソンのルーツを感じさせる。

H誰も奪えぬこの想い
ピアノとベースがコール・アンド・レスポンスを演じる導入部が面白い。ちなみにベーシストのデューク・モーガンが参加したウィリアムソンとの共演作は、SSJレーベルから昨年12月に復刻されたヴォーカル盤『ブルー・ホリデイ/ジョニー・ホリデイ』(Contract)を除くと、本作が唯一。ドラムスのチャック・フローレスとは『クロード・ウィリアムソン・トリオ』(56年、Bethlehem)、77年の復帰作『オール・ゴッズ・チルン・ガット・リズム』(SeaBreeze)や『ブルー・ホリデイ/ジョニー・ホリデイ』で共演している。

Iホワイル・ウィア・ヤング
本作中2曲目のソロ・ピアノ曲。真摯な姿勢で演奏することにより、シナトラへの想いを綴っている印象を抱く。ちなみにシナトラ本人はこの曲の正式なレコーディングを残していない。

Jアット・ロング・ラスト・ラヴ
アルバム・ジャケットの表と裏には「レット・ゼア・ビー・ラヴ」とクレジットされているが、後者が正しい。スインギーで洒脱なウィリアムソン・トリオの演奏を楽しむことができる。




(2007年5月5日 杉田宏樹)
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