『ジャズト・ビバップ』 /    秋吉敏子プロデュース  Just Be-Bop/ Produced by Toshiko Akiyoshi

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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TOPSinatra Society of Japan presentsジャズ・アルバム (インストゥルメンタル)>『ジャズト・ビバップ』 /秋吉敏子プロデュース

『ジャズト・ビバップ』 /
秋吉敏子プロデュース
Just Be-Bop/
Produced by Toshiko Akiyoshi
特別価格
 (XQAM-1608)
原盤:ディスコメイト
録音:1980年3月24・25日 ハリウッド  
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   ビバップを体得してジャズ・ピアニストとして大きく羽ばたいた秋吉敏子が、 1980年代のジャズのスタンスを守りつつ、自らの原点であるビバップのエッセンスをつぎ込んだ 名品。彼女のリーダーシップのもと、チャールズ・マクファーソン(as)をはじめ、 ウエストコーストの実力者たちが熱いプレイを繰り広げる。
 


1. Kelo /ケロ>>試聴
2. But Beautiful/ バット・ビューティフル  >>試聴
3. Serpent's Tooth/ サーペンツ・トゥース>>試聴
4. Mobious Trip/ モービアス・トリップ>>試聴
5. Con Alma/ コン・アルマ>>試聴
6. I Thought About You/ アイ・ソート・アバウト・ユー>>試聴
7. Joy Spring/ ジョイ・スプリング >>試聴
 
 
 

 このアルバムはアナログ盤で出たとき新譜で買った。1980年頃のことだったと思う。誰がリーダーとも書いてなかったが、秋吉敏子がジャケット写真の真ん中に写っていたので、彼女のリーダー作だと思いこんで聴いていた。
 ネーム・バリューでいえば、その名も『ビバップ・リヴィジッテド』(Prestige)という作品を吹き込んでいるパーカー派アルト・サックスのチャールス・マクファーソンも知られているが、やはり敏子の存在のほうが大きいだろう。それに、サウンド全体から醸し出される凛とした雰囲気が敏子のビッグ・バンドを彷彿させたことが効いている。
 今回ライナー・ノートを書くため資料に当ってみると、彼女はプロデューサーという資格での参加らしい。だから、彼女のリーダー・アルバムというわけではないことになるが、出てくる音はやはり敏子的だ。
 1970年代、秋吉敏子率いるビッグ・バンドがジャズ・ジャーナリズムの話題になった。たまたま私の経営するジャズ喫茶「いーぐる」の常連さん、上智大学ニュースイング・ジャズ・オーケストラの面々が頻繁にリクエストしたこともあって、当時の敏子バンドのアルバムはほとんど聴いている。
 また、彼女がウエスト・コーストの精鋭メンバーで固めたオーケストラを率いて日本に凱旋公演した時、生でこのバンドを聴いて、複雑極まりないアレンジをレコードそのままに再現したことに度肝を抜かれたことも思い出す。
 その時の印象をひとことで言えば、「端整で正確無比」だ。これは日本人の国民性と見事に一致している。日本画でいえばシンプルな墨絵、企業なら昔の国鉄、JRの1分きざみの時刻表に象徴される、正確さである。
 一方、このアルバムのタイトルである『ビバップ』という音楽は、アドリブ一発の冴えが勝負で、アレンジや構成にはそれほど凝っていない。これは、ビバップが1940年代半ばに出来た前衛音楽だったことも関係している。前衛は音楽のある部分を強調し、また当然のことながら前衛である以上完成しているわけがない。
つまり、日本人のキチンとした国民性と、アナーキーそのもののようなビバップとは相容れないのではないかと思う人もいるのではなかろうか。
 しかしジャズの歴史に詳しいファンなら、日本で最も早い時期にビバップに触れたのが他ならぬ秋吉敏子たちであったことをご存知だろう。第2次世界大戦のため、ジャズ史の転換点であるビバップが勃興した1940年代半ばの数年間、一切のジャズ情報が日本に入ってこなかった。
 その落差を埋めるため、戦後、伝説のピアニストとして知られる守安祥太郎が必死でバド・パウエルのバップ・ピアノを研究した。このあたりの事情は守安の伝記『そして、風が走り抜けていった』(植田紗加栄著、講談社刊)に詳しく書かれているので興味のある方はご一読されたい。
 同著にも触れられているが、守安の周辺にいた秋吉敏子もいち早くバップ奏法を体得し、その実力を買われてアメリカにジャズ修行に出かけたことはファンなら周知の事実だ。それに、当時の敏子の演奏は紛れもないバド・パウエル・スタイルだった。要するに秋吉敏子がビバップを取り上げるのは、彼女のジャズ人生のスタート地点を見つめなおすことでもある。
 そういう事情もあるので、リーダーではないが、このアルバムには当然敏子のビバップ観が反映されていると見てよいだろう。彼女のとった手法はシンプルかつ適切なものだ。いたずらに過去を回顧するのではなく、さまざまなジャズ・スタイルが出尽くしたかのように見えた1980年代のジャズというスタンスを守りつつ、ビバップのエッセンスを演奏に注ぎ込むというやり方だ。
 それは見事に成功しており、現代ジャズとしての完成度を保ちつつ、ビバップならではの生々しい迫力、躍動感を再現している。それがもっともよく現れたのがJ.J.ジョンソン作の冒頭の曲《ケロ》だ。ロイ・マカーディの炸裂するドラムに乗ってテーマが現れるが、この生き生きとした感じはまさにビバップだ。そしてビバップの創始者、チャーリー・パーカー直系のアルト奏者、チャールス・マクファーソンのソロが始まる。うまく出来ているのだ。
 ちなみに、この曲は1956年敏子が渡米した直後にストーリービル・レーベルに吹き込んだ名盤『ハー・トリオ・ハー・カルテット』にも収録されているが、私はこの再演版の方が力強くて良いと思う。
続くトランペット・ソロはスティーヴン・ハフステッターで、彼は敏子ビッグ・バンドの重要メンバーだ。敏子のソロに続くマクファーソンとハフステッターのチェイスも気合十分で、この勢いはまさにビバップといってよいだろう。だが、テーマの揃い具合や正確なリズムなどは敏子バンド的で、これが紛れもない現代ジャズであることを思い起こさせる。
 2曲目、ジミー・ヴァン・ヒューゼンの名曲《バット・ビューティフル》はマクファーソンの独壇場。ゆったりとしたテンポで美しいメロディーをじっくりと歌い上げる。この時期マクファーソンはアルトの音色が以前に比べマイルドになったが、それが良い方向に作用している。1曲目とこの曲だけが敏子の昔からの仲間、ジーン・シェリコがベースを弾いている。
 《サーペンツ・トゥース》はマイルス・デイヴィスのアルバム『コレクターズ・アイテム』(Prestige)で取り上げられた曲。オリジナル盤ライナー油井正一氏の解説によれば、従来マイルスの作曲とされていたが、秋吉敏子の語るところによれば、ジミー・ヒースの曲であるという。これもいかにもバップ的な曲だ。
 ドラムに導かれて始まる《モビアウス・トリップ》はハフステッターのオリジナル。ということはこの曲だけ時代が変わるのだが、不思議と違和感がない。ハフステッターの快調なソロに続きマクファーソンが出るが、このあたりのドラムスと若手ベース奏者、ボブ・ボウマンの仕事ぶりはなかなか聴かせる。裏方に徹しつつ、見事に演奏に活気を与えているのだ。
 5曲目はディジー・ガレスピー作の名曲《コン・アルマ》。敏子のピアノソロがなかなか良い。デビュー時代はバド・パウエルの影響が強かったが、当然のことにオリジナルな敏子スタイルを披露している。
 これだけはちょっと気分が変わったジミー・ヴァン・ヒューゼン作曲の《アイ・ソート・アバウト・ユー》。ハフステッターがまろやかな音色のフリューゲルホーンでバップ気分とは一味違う落ち着いた演奏を聴かせる。フランス料理で言えば、口直しのソルベといったところか。
 最後はクリフォード・ブラウンの名演でお馴染みの《ジョイ・スプリング》。作曲もクリフォード・ブラウンだ。ハフステッターが先頭を切るが、賢明にもブラウニーをまねることなくオリジナルなスタイルを貫いている。敏子もソロでいいところを見せている。
 最後に個人的エピソードを少々。実を言うとこのアルバム、私が経営しているジャズ喫茶「いーぐる」のオーディオ・チェック・レコードとして長年愛聴してきた。今でもオーディオ装置を調整するときはこれを使っている。
こういう言い方をすると演奏はどうなのだと思われかねないが、私はどんなに音質が良くても音楽の中身が面白くないものはチェック・アルバムには使わない。何度も繰り返し聴くのだから、つまらない演奏だと飽きてしまう。
 それに、オーディオのチェックといってもジャズを聴くための音質なのだから、音楽としてまっとうにならなければ調整の意味がない。音が良いだけのアルバムで試聴すると、どうしても耳が局所に偏り、音楽としてのバランスがおかしくなる。
私はこのアルバムの最初の曲《ケロ》で、アンサンブルのバランス、ドラムスの切れ、ピアノの響き、トランペット、サックスの音色を調整し、そして最後に、全体の統一感と同時に、演奏からビバップらしい生々しい迫力が出てきたら良しとしている。
 ライナーを書くに当って、改めてこうしたオーディオ・チェック・ポイントを思い起こしてみると、敏子さんのプロデューサーとしての狙いと重なるような気がしてきた。敏子ビッグ・バンドの思い出のところでも触れたが、とにかく彼女のバンドは正確だ。細かい音がキチっと聴き取れる。アンサンブルも怖いほど揃っており、リズムだって完全にジャスト。こういう演奏は聴き所が掴みやすい。
 だが、リーダーにジャズ・スピリットがなければ、上手いけど綺麗ごとに終わりかねない危険もある。その点、秋吉敏子は、ビバップという音楽の本質的部分、すなわちミュージシャンが真剣に音楽と対峙し、決して表面の聴きやすさを追わないというところをしっかりと押さえている。
 だから、何度聴いても飽きないし、かつての前衛音楽であるビバップのエッセンスを、新鮮で完成されたサウンドで満喫できるのである。



(2008年4月 後藤雅洋)
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