『マイ・オールド・フレーム』 /    ジミー・ネッパー  Jimmy Knepper In L.A./ Jimmy Knepper

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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TOPSinatra Society of Japan presentsジャズ・アルバム (インストゥルメンタル)>『マイ・オールド・フレーム』 /
ジミー・ネッパー

『マイ・オールド・フレーム』/ジミー・ネッパー
Jimmy Knepper In L.A./
Jimmy Knepper
特別価格
 (XQAM-1609)
原盤:ディスコメイト
録音:1977年9月8・9日 ハリウッド  
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   その名声と実力に比してリーダー作の少ないトロンボーンの名手ジミー・ネッパーが、 日本から委嘱を受けたルー・タバキンのプロデュースで吹き込んだ、4枚目1977年の作品。
 


1. The Masher/ ザ・マッシャー>>試聴
2. My Old Flame/ マイ・オールド・フレーム>>試聴
3. Yesterdays/ イエスタデイズ>>試聴
4. Bertha the Dragoness/ バーサ・ザ・ドラゴネス>>試聴
5. All the Things You Are/ オール・ザ・シングズ・ユー・アー>>試聴
6. Things Ain't What They Used to Be/ シングズ・エイント・ホワット・ゼイ・ユースト・トゥ・ビー >>試聴
 
 

 ジミー・ネッパー(1927-2003)というトロンボーン奏者について、おおかたのジャズ・ファンがまず思い浮かべるイメージは、「チャールズ・ミンガスのバンドに長く在籍した人」ということだろう。ジャズ界のエピソードや裏話に詳しい人なら、「ミンガスに殴られて歯を折った気の毒な人」というイメージがその次に脳裏に浮かぶはずだ。
 たしかにネッパーはミンガスのバンドで重要な役割を果たしたトロンボニストだ。しかし、だからと言ってネッパーが、ミンガス・バンドに去来したさまざまなサックス奏者たちのような、ハードでどろどろしたタイプのミュージシャンか、といえば、必ずしもそうでないから音楽というものはおもしろい。
 スタン・ケントン楽団、サド・ジョーンズ=メル・ルイス・オーケストラ、ギル・エヴァンス・オーケストラ、秋吉敏子=ルー・タバキン・オーケストラなど、数多くのビッグバンドでの経験が豊富なネッパーは、きわめて正確な技術を持つ、理想的なセクション・ワーカーでもあった。もちろん、その正確な技術と、どんな音楽にでも対応できる音楽的な幅の広さがあったからこそ、ミンガスはネッパーを重用したのだろう。彼が在籍したビッグバンドのほとんどが、ゆったりとスウィングするタイプのバンドではなく、コンポーザーの実験をリスナーに提示するアーティスティックなバンドだった、ということにも注目したい。
 しかし、実はネッパーは、その有り余るテクニックを駆使しつつ、あくまでも気持ちよくスウィングする、まさにこのアルバムのような音楽も得意としていたのだった。たとえばフランク・ロソリーノ、カール・フォンタナ、ビル・ワトラスといった、テクニカルでメロディアスでスマートな演奏をするトロンボニストの系譜に、このアルバムでのネッパーはぴたりと当てはまる。
 しかし、虚心にここでのネッパーの演奏を聴いてみれば、上に挙げたトロンボニストたちとは一味違う、ざらりとした肌触りの切迫感や緊張感が、いっけん淡々としたプレイの奥に感じとれるはずだ。それを「哀しみ」というイージーな言葉に置き換えるのは不適切なことかもしれないが、きわめて重厚かつ奥深い音楽的教養を持ち、十代のころからプロとして第一線で活躍し、ミンガスという強烈なエゴの持ち主と、互いの少年時代からミンガスの死まで延々と付き合いを続けたジミー・ネッパーは、我々には想像もつかない人間存在の哀しみや苦みを抱え込んでいたのではないか、と僕には思えるのだ。
 もちろん、そんな暗い話は抜きにして、ひたすら明るく楽しいスウィンギン・セッションとして、このアルバムはまず聴かれるべきなのだろう。とは言え、その明るさや楽しさの中に見え隠れするビターな味わいが、僕にとってはこの作品のいちばんの魅力であることはまぎれもない事実なのだった。

 この『マイ・オールド・フレーム』は、日本のディスコメイト・レコードによって1977年に企画・録音され、『Jimmy Knepper In L.A.』というタイトルで同年発売されたアルバムだ。アメリカではインナーシティ・レコードから同じタイトルでリリースされた。当時ディスコメイトは石原康行氏をプロデューサーとして、ウェストコーストでのベテラン・ミュージシャンの新録音を数多く企画していたが、これもその中の一枚だ。
 秋吉敏子=ルー・タバキン・オーケストラのコ・リーダー/フィーチャード・テナー奏者として、77年当時人気急上昇中だったルー・タバキンが参加し、オリジナルLPでは紹介者としてのメッセージを寄せている。その一部を抜粋しよう。「年が経つにつれて、このトロンボーンの鬼ともいうべきミュージシャンに対する敬意はますます深まってゆきました。このアルバムによってジミーの才能を日本のファンに知っていただけることは私の心から喜びとするところです」。
 このアルバムが録音された時点では、ネッパーのリーダー作は非常に少なかった。57年にミンガスのレーベルであるデビューに4曲録音し、同年にベツレヘムで『ア・スウィンギング・イントロダクション・トゥ・ジミー・ネッパー』を、翌58年に『ジミー・ネッパー・クインテット』(メトロ・ジャズ)を吹き込んだ後は、76年の『カニングバード』(スティープルチェイス)までリーダー作がないのだ。この作品を録音してからは比較的コンスタントにリーダー・アルバムを発表するようになったが、ネッパーは自分の音楽的主張をリーダーとして提示する、というタイプのミュージシャンではまるでなかった。
 ネッパーがレス・トムキンスを相手に81年に行ったロング・インタビューが、今ではネット上で容易に読むことができる。(http://www.jazzprofessional.com/interviews/Jimmy%20Knepper_1.htm)
 そこで彼は、生い立ちから自分の音楽観、トロンボーンという楽器の可能性までを仔細に語っているのだが、その中で彼はこんなことを述べている。
 「もう十分な数のリーダー作が世に出たと思っている。半年弥一年ごとに新しいアルバムを出すことがいい考えかどうか、よく分からないんだ。でも、プレイする機会が与えられたら、そこにはなすべき何かがある、と考えることが大事なんだと思う」。
 この淡々とした諦観は、感動的ですらあると思いませんか?

 このアルバムで演奏されている曲と演奏について触れておこう。
 「ザ・マッシャー」はネッパーのオリジナル曲。油井正一氏によるLPの解説によれば、この曲は古いスタンダード「アイダホ」のコード進行によるもので、アイダホ→ポテト→ポテト潰し器(マッシャー)という連想で付けられたタイトルだとのこと。スピーディーで軽快なスウィンガーで、ネッパーのテクニカルなソロがすばらしい。
おなじみのバラード「マイ・オールド・フレーム」は、タバキン抜きのカルテットによる演奏だ。ネッパーのバラード吹きとしての至芸を堪能できるトラック。
 やはりよく知られたスタンダード「イエスタデイズ」では、タバキンがフルート(テーマ部)とテナー・サックス(ソロ及び後テーマ)を持ち替えている。LPではここまでがA面だった。
 「バーサ・ザ・ドラゴネス」は、「スイート・ジョージア・ブラウン」のコード進行を使ったネッパーのオリジナル。油井氏の解説によれば、このタイトルは「ジョージア」→「セント・ジョージの竜退治(ジョージ・アンド・ドラゴン)」という連想があり、ジョージの代わりにバーサという女性名を持ってきたので、ドラゴンも女性形(ドラゴネス)にしたものだ、というのだが…。クインテットによるアップ・テンポの演奏で、トロンボーン、ピアノ、テナーのソロの後に、シェリー・マンのドラムスと各人の8バーズ・チェンジがある。
 「オール・ザ・シングス・ユー・アー」は、コード進行だけを活かして元のメロディーは登場しない演奏だ。タバキンはここでもフルートとテナーを持ち替えている。ネッパーのソロは、最初はあまりコード進行の動きを感じさせずに淡々と吹き、徐々にビバップ的なコード感重視のアプローチへと変化する。このあたりのセンスは、たとえばリー・コニッツやウォーン・マーシュの感覚とよく似ているように僕には思える。
 そしてラストは、マーサー・エリントンの「シングス・エイント・ホワット・ゼイ・ユースト・トゥ・ビー」。もろにブギウギ、というよりほとんどファッツ・ドミノ・スタイルのピアノで始まる、実にリラックスした演奏だ。



(2008年4月 村井康司)
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