『ジェーン・ハーヴェイ・シングズ・ソンドハイム』/ジェーン・ハーヴェイ』/
ジェーン・ハーヴェイ Jane Harvey Sings Sondheim/Jane Harvey

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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TOPSinatra Society of Japan presentsジャズ・アルバム (インストゥルメンタル)>『メモリー・レイン・ライヴ』/ハンプトン・ホーズ・オールスターズ

『メモリー・レイン・ライヴ』/
ハンプトン・ホーズ・オールスターズ

Mry Lane - Live/
The Hampton Hawes All-Stars
\2,520 (XQAM-1615) 原盤:JAS ⇒ Interplay

録音:1970年/ロサンゼルス

21年ぶりの復刻。オリジナル・ジャケット採用
>>購入する  

1977年にハンプトン・ホーズの追悼盤としてリリースされた、1970年のライヴ盤。ホーズだけでなく、ハリー・エディソン、ソニー・クリス、テディ・エドワーズら多くの実力者が白熱のステージを繰り広げる。 
 


1. Memory Lane Blues/メモリー・レイン・ブルース  >>試聴
2. Blues for J.L./ブルース・フォー・J.L.  >>試聴

3. Feelin' Happy/フィーリン・ハッピー  >>試聴

4. Shake, Rattle & Roll/シェイク、ラトル & ロール  >>試聴
5. Teddy's Blues/テディズ・ブルース  >>試聴

 

■ はじめに
このアルバムは1970年1月、ロサンゼルスのブラック・コミュニティーにあったジャズ・クラブ『メモリー・レイン』でライヴ収録されたテレビ・ショウ『Jazz on Stage』の映像から、音源のみを抽出したものである。最初にLPとして世に出たのが1977年で、1977年5月22日に死去したというハンプトン・ホーズの訃報を受けて、追悼盤として発売されたものと思われる。
ロジャー・ハンターとマイク・デイヴィスの編纂による『ハンプトン・ホーズ・ディスコグラフィー』によると、上記のテレビ・ショウは、実際には放映されず、90年代に入ってからビデオ商品として発売された、とある。このアルバムには5曲が収録されているが、そのうちの1曲「ブルース・フォー・J.L.」は前述のビデオには含まれておらず、この音源のみの流通となっている。

Jazz on Stage』とは
では『Jazz on Stage』というテレビ・ショウは、いったいいつ、何のために誰が制作したのだろうか。当時のジャズ雑誌を調べていたら、こんなニュース記事に遭遇した。
《ジャズ・レコード業者のジャック・ルーアークは、13時間分のジャズ番組をカラーで制作している。このシリーズは『Jazz on Stage』と呼ばれるもので、ロサンゼルスのナイト・スポットで繰り広げられるジャズの生演奏を収録したもの。ユーロ・フィルム・コーポレーションという新会社を設立、ルーアークはこの映像作品をヨーロッパにむけて流通させる予定で、のちに米本国でも放映されることが期待されている。すでに4回分の撮影を終了したルーアークはそのフィルムをもってヨーロッパに乗り込んだ。ヨーロッパ各国のテレビ局幹部との交渉役はシモーン・ギニブルだ。最初のショウは、リロイ・ヴィネガー&ハンプトン・ホーズの双頭トリオ(ドラムはボビー・トンプソン)に、ブルース歌手のジョー・ターナーを加え、さらにスウィーツ・エディソン、ソニー・クリスが加わっている。これは『メモリー・レイン』で撮影された。
その他にも『ドンテ』でのズート・シムズ・カルテット ―― メンバーはロジャー・ケラウェイ(p)、チャック・バーグホファー(b)、ラリー・バンカー(ds)―― や『シェリーズ・マン・ホール』でのボブ・クーパー(ts)―― レイ・ブラウ(b)、シェリー・マン(ds)―― も撮影済み。映像監督はウィル・ゼンで、録音はウォリー・ハイダーが担当。6年前、ルーアークは、フランク・エヴァンス司会の『Frankly Jazz』というテレビ・シリーズをヨーロッパに売り込んでいる》。

JASレーベルとは
オリジナル発売元はジャス(JAS)というレーベルなので、このレーベルに触れておく必要があるだろう。JASは1975年に、ジャック・ルーアーク、シッド・タルマッジ、サミー・リックリンの3人によって、ロサンゼルスのサウス・ベレンド通り1525番地に設立されたのだが、その2年後には活動停止、という短命のレーベルである。ジャズ・シリーズの4000番台が5タイトル(そのうち1タイトルは2枚組)、ポピュラー・シリーズの5000番台が3枚と、わずか全8枚で終わったというから、ほとんどビジネスにはならなかったものと思われる。
オーナーのひとり、ジャック・ルーアークはJASを設立する前からレコード・ビジネスに従事していた。ルーアークは1963年ラルフ・カッフェルとともにレーベルを立ち上げた。それがJASの前身となるヴォールト(Vault)である。カタログの中心は当時流行のサーフィン・ミュージックやイージー・リスニングで、ジャズ系の作品はきわめて少ない。9000番台のジャズ・シリーズをみると、ジャック・ウィルソンの『Ramblin'』やラリー・バンカーの『Live at Shelly's Manne Hole』など、全部で12枚が残されている。そのなかに、ハンプトン・ホーズの『High in the Sky』や『Plays Movie Musical』もあり、のちにJASから再発された。
1973年、創設者のひとりであるラルフ・カッフェルが、ファンタジーに移籍したことを受け、ルーアークはいくつかのマスター・テープとともに1975年、前述の2人とJASを設立する。このレーベルが短命に終わったのはすでに述べた通りだが、ルーアークには健康上の問題があったのかもしれない。というのもホーズが他界した半年後の1977年11月13日、ルーアークも自宅でテレビを観ていた際に心臓発作に襲われ、急死しているからだ。
この音源が、もともとテレビ・ショウ用に収録された映像であることは、すでに述べた通りだが、ボブ・カースタインの筆による原盤の英文ライナーには「ホーズが脳出血で死去する数日前に収録された録音」とある。これは明らかに追悼盤として売り出すための惹句であるか、聴衆の関心を集めるための「方便」である。ただ「ドラマーのボビー・トンプソンは当時ホーズ・トリオのレギュラー・ドラマーだったドナルド・ベイリーの都合がつかず、急きょ代役として起用された」という記述については、信憑性は高いと思われる。

『メモリー・レイン』とは
『メモリー・レイン』は、当時アメリカ西海岸で活動していた黒人ジャズ・ミュージシャンたちが頻繁に出演していたロサンゼルスのジャズ・クラブである。カウント・ベイシー楽団で長年活躍したハリー・スウィーツ・エディソンは、60年代から70年代にかけて、旅の仕事がない限り、このクラブに毎晩のように出演していたという。おそらく近くに住んでいたのだろう。
探偵ビル・リード(SSJのプロデューサー)の証言によると、『Memory Lane』と呼ばれるようになったのは1960年頃だという。1930年代から、ナイトクラブとして開店、黒人たちの娯楽と社交の場として毎夜、ショウや音楽の生演奏が繰り広げられた。経営不振となった1981年、黒人テレビ女優のマーラ・ギブスが権利を買い取り、1999年に彼女が売却するまでは『Marla's Memory Lane』と呼ばれた。場所はロサンゼルスのマーティン・ルーサー・キング通り、当時はサンタ・バーバラ通りとして知られていたところで、現在その建物は介護サービスの会社が所有している。
ジャズ・クラブとしての『メモリー・レイン』の全盛期といえば、いくつかのライヴ盤が残された60年代半ばから70年代初頭にかけての数年間である。このクラブで収録された、おもなライヴ盤を紹介すると、
『Memory Lane/The Gerald Wiggins Trio Plus』(Ava A/A-S47)
『Takin' Care of Business/The Gene Russell Trio』(Dot DLP-3775)
『Live at Memory Lane/Nat Adderley』(Atlantic SD-1474)
『The Ray Bryant Touch/Ray Bryant』(Cadet LP-793)
『Swing Low, Sweet Cadillac/The Dizzy Gillespie Quintet』(Impulse AS-9149)
『Unreleased sessions/The Jack Wilson Trio』(Blue Note) 未発表
などがある。
こうしてみると、ソウル・ジャズ全盛の60年代後半から70年代にかけて、『メモリー・レイン』は気軽にジャズが楽しめるレストラン&ライヴ・ハウスとして支持されていたことがうかがえる。本アルバムのメンバーは、ハリー・スウィーツ・エディソン(tp)、ソニー・クリス(as)、ハンプトン・ホーズ(p)、リロイ・ヴィネガー(b)という1940〜50年代から活躍するベテランたちばかり。こういう演奏が日常的に行われていたのだろう。

演奏と曲目について
@メモリー・レイン・ブルース
事前に打ち合わせを全く何もされなかったような、ウォーミング・アップのような演奏である。途中でソロの受け渡し部分で、目を合わせるような場面がみられるが、いずれもベテランばかりなので、特に問題はない。ソロはトランペットが先発、エディソンがまず8コーラスのソロを取った後、ホーズが2コーラス、ヴィネガーが2コーラス。続いてクリスが4コーラス、トンプソンが2コーラス、その後再びホーズが4コーラス、クリスも4コーラス、さらにもう一度ホーズが2コーラスのソロを取った後、エディソンのリードでリフを含むエンディングとなる。ホーズとクリス、とくに2回目のソロがともに出色の出来である。
Aブルース・フォー・J.L.
J.L.というのはJASレーベルのオーナーだったジャック・ルーアーク(Jack Lewerke)の頭文字をとったものと思われるが、後からつけたようなこのタイトルにあまり意味はなさそうだ。ピアノ・イントロの後、クリスをフィーチャーして4コーラス、続いてホーズが3コーラスとるが、2コーラス目から倍ノリになる。エディソンがミュート・トランペットで5コーラス。最終コーラスで「シー・シー・ライダー(See See Rider)」のメロディーを引用する。その後ヴィネガーが3コーラスで、最後は再びエディソンが登場、今度はオープン・ホーンでやはり「シー・シー・ライダー」のメロディーを引用する。一流のミュージシャンはひとつの曲で同じ引用を繰り返さない。エディソンは「シー・シー・ライダー」のつもりで演奏したのかもしれない。
Bフィーリン・ハッピー
エディソンの紹介で、ここから歌手のジョー・ターナーが登場して、ブルース2曲を歌う。最初はシャッフル・ビートのブルースで、まずターナーが3コーラスを歌った後、続いてエディソンが2コーラス、再びターナーが2コーラスを歌い、途中からクリスとエディソンがリフをつけ盛り上げる。
Cシェイク、ラトル・アンド・ロール
これもブルース。まずターナーが5コーラスを歌うが、途中クリスがオブリガートをつけている。その後ソロはクリスが2コーラス、その後ターナーが2コーラス歌い、トランペットが3コーラス、ターナーが2コーラスの後、管楽器同士のバース・チェンジ&リフで1コーラス、ターナーの指示で最後に再びクリスが2コーラス、ラスト・テーマをターナーが歌う。
Dテディズ・ブルース
最後の曲になってようやくテディ・エドワーズが登場する。契約の関係かもしれないが、おそらく遅れてクラブにやってきた彼は、テレビ収録に間に合わなかったのかもしれない。ブルースとあるが、いわゆるリズム・チェンジと呼ばれる循環コードもので、ソロはエドワーズが先発で6コーラス、クリスが5コーラス、エディソンが4コーラス、ホーズが4コーラスと続く。エドワーズ以下、どのソロも快調。後半はヴィネガー2コーラス、ドラムスが2コーラス、再びエドワーズが3コーラス。エディソンが2コーラス、リフからラスト・テーマとなり、ブリッジの部分のみドラム・ソロで、エンディングとなる。

おわりに
結局「このアルバムのリーダーは誰なのか?」という質問に対する回答だが、各曲の演奏やソロの順番などをみても、とくに特に誰かをリーダーを設定したセッションでないように思われる。ハリー・エディソンがマイクを握り、なんとなく一番大きな顔をしているのは、彼がグループの最年長者であり、この店が彼の根城だったからだ。なお本作録音(1970年1月)時のメンバーの年齢は、以下の通り(年齢順)。
ビッグ・ジョー・ターナー(1911年5月生まれ)58歳。
ハリー・スウィーツ・エディソン(1915年10月生まれ)54歳。
テディ・エドワーズ(1924年4月生まれ)45歳。
ソニー・クリス(1927年10月生まれ)42歳。
ハンプトン・ホーズ(1928年11月生まれ)41歳。
リロイ・ヴィネガー(1928年7月生まれ)41歳。
ボビー・トンプソン(不明)ドナルド・ベイリーの代役。たぶん最年少。

 ハンプトン・ホーズとソニー・クリスが亡くなったのがともに1977年。とりわけクリスの場合は、来日直前の自殺ということもあり、その衝撃は大きかった。早いもので、収録から40年以上、初出から30年以上の歳月が経過した現在、この音源は貴重なドキュメントである。                        

(2011年7月 後藤 誠/Makoto Gotoh http://rifftide.exblog.jp    

パーソネル:
  ハンプトン・ホーズ(p on 1-5)
  ハリー・スウィーツ・エディソン(tp on 1-5)
  ソニー・クリス(as on 1-5)
  テディ・エドワーズ(ts on 5)
  リロイ・ヴィネガー(b on 1-5)
  ボビー・トンプソン(ds on 1-5)
  ビッグ・ジョー・ターナー(vo on 3, 4)

録音:
1970年1月 ロサンゼルスにあったメモリー・レインでのライヴ



 

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