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『レッツ・ビー・フランク』 / ピーター・マーシャル with カラブリア・フォーティー Let's Be Frank/ Peter Marshall

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan
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Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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『ラヴァー・マン』 /
ズート・シムズ

Lover Man/
Zoot Sims

\2,520 (XQAM-1627) 原盤:
Pacific Delights
録音:1954年 初CD化・未発表2曲
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ズート・シムズが1954年のロス帰郷時に、西海岸のジャズメンとおこなったリハーサル・セッションの記録。この年ライトハウス・オールスターズのジャム・セッションに飛び入りした時の未発表演奏を追録。

 


1. Dancing on the Ceiling/ダンシング・オン・ザ・シーリング>>試聴
2. Popo/ポポ>>試聴
3. These Foolish Things/ジーズ・フーリッシュ・シングズ>>試聴
4. I'll Remember April/四月の思い出>>試聴
5. Lover Man/ラヴァー・マン>>試聴
6. Lighthouse Days/ライトハウス・デイズ>>試聴
.       未発表: 2, 6
 

 

本アルバムについて

これは東海岸での活動が大半であったズート・シムズ(1925−1985)がカリフォルニア州ホーソン(ロサンゼルス国際空港の隣町)の実家に帰省していた折に録音された大変珍しいセッションである。このリハーサル・セッションは1991年にNormaレーベルから『ピンキー・アンド・ズート』というタイトルでLP化されたことがあるが、この中でヴォーカリストのピンキー・ウィンターズが参加した5曲は2010年に『ピンキー+12』(SSJ XQAM-1044)でCD化され、今も入手できる。
今回リリースされる『ラヴァー・マン』は、ピンキーのヴォーカル・トラック以外のインスト・ナンバーで構成されており、Norma盤LPには未収録だった未発表を1曲追加し、さらに同じ1954年にズートがライトハウス・オールスターズに客演したときの未発表ジャム・セッションを加えた。

ミュージシャンについて

ズートの家でのセッション@〜Dに参加しているのは、ズート以外は知らないミュージシャンばかりではなかろうか。晩年にはソプラノ・サックスも手掛けたテナーのズートは東海岸での活躍が多く、本作のように1950年代の西海岸でのセッションはきわめて珍しいが、LA郊外のイングルウッド生まれ。トロンボーンのレイ・シムズは実兄にあたる。ベニー・グッドマン、スタン・ケントン、ウディ・ハーマンなど一流のビッグバンドで演奏したが、ハーマン時代はフォア・ブラザースのメンバーとして活躍し、独立後は同じテナーのアル・コーンと長年コンビを組んで人気があった。テナーのスタイルはレスター・ヤング系で、その実力は多くのミュージシャンに認められ日米だけでなくヨーロッパでの人気も高い。
ピアニストのティモシー・イノセンシオは、ピンキー情報によると後年はLA公立学校の音楽教師となり、中学生だったピンキーの長女のリサが1970年前後に学校のバンドに入ったときそこの指導者だったという。中学教師でも最初はジャズ・ピアニストを目指していたわけで、テクニックもジャズ・スキルもしっかりと身につけていたわけだ。「ジャズではメシが食えない」と早々に確認した有能ミュージシャンの多くがこういう道を歩んだのである。
トランペットのマーヴィン・トゥーティー・ヘイルはズートのいとこにあたる。ジョン・ドーマンはNorma盤LPでトロンボーンと誤記されていたが、ベース・トランペットのプレイヤーである。ドラムスはゲイリー・ヘイルだがズートやトランペットのアーヴィングとの血縁関係はないとピンキーは証言している。ベースのジム・ウルフは当時のピンキーの旦那だった人。シムズとウルフは亡くなっているが、他の人たちの消息についてはわからない。
なぜボブ・アンドリュースがこの日ズートの家に来ていたのかピンキーに聞いてみたが、彼がいたかどうかさえ今となっては記憶が定かでない。このジャム・セッションがレコーディングされていたことは、Norma盤をリリースしようという話が持ち上がったときに初めて知り、ビックリしたという。

追加曲について

アンドリュースの録音には貴重なものが多い。アート・ペッパーとソニー・クラークの共演(今回同時発売の『ホリデイ・フライト』)、スタン・ゲッツがもう一人のテナー奏者アーノ・マーシュと二人でライトハウス・オールスターズに客演したセッション(これも同時発売の『スクラップル・フロム・ジ・アップル』)、ウォーン・マーシュとライトハウス・オールスターズの共演(1952年・未発表)やジェリー・マリガンとチェット・ベイカーによるピアノレス・カルテットが生まれる直前のジャズ・クラブ、ヘイグでのジミー・ロウルズのピアノ入りクインテット&セクステット(1952年・未発表)などなど、歴史的にみてきわめて貴重な時を記録し続けた人だ。
このアルバムに追加収録された未発表のEもそのひとつに数えられる。1954年3月9日にライトハウスで録音したものだが、この晩のシムズとライトハウス・オールスターズの演奏はこの1曲しか残されていない。この夜ライトハウス・オールスターズをしっかり録音していたところ最後のほうでシムズが入ってきてテナーを吹き始めたが、ほぼテープを使いきっていたので、1曲しか録音できなかったという。翌日シムズがまた戻ってくるというので、改めて録音したセッションはCD『ズート・シムズ&ライトハウス・オールスターズ1954』として日本でもリリースされた。今回初登場の9日のシムズはそれとは別のテープに入っていた。
1954年の時点でライトハウス・オールスターズのオリジナル・メンバーたち、すなわちショーティ・ロジャース(tp)やミルト・バーンハート(tb)らは卒業して、テナーはボブ・クーパー、アルトはバド・シャンク、トロンボーンはフランク・ロソリーノ、トランペットはステュ・ウィリアムソン、ピアノはステュの兄のクロード・ウィリアムソンである。ベースは変わらずハワード・ラムゼイだが、ドラムスはシェリー・マンからスタン・リーヴィーに変わっている。これらのメンバーは本稿執筆時点でクロードとラムゼイ以外は亡くなった。

演奏曲について

「ダンシング・オン・ザ・シーリング」は、ロジャース&ハートのスタンダード曲。もっとも今ではライオネル・リッチーの同名異曲のほうが一般に知られているだろう。ズートのウォームアップの音まで拾っているのでそのまま入れておいた。テーマはヘイルのトランペットでオブリガードをシムズがとる。ズートから、次にヘイル、そしてイノセンシオの順にソロをとって最後はテナーとトランペットの掛け合いでテーマに戻るという、単なるジャム・セッションに終わってないところがうれしい。
ピアノのイントロから始まる「ポポ」(初登場)はショーティ・ロジャースがジャム・セッション用に作った曲で、ソロはシムズからイノセンシオへ、さらにヘイルそしてウルフのベース・ソロと受け継がれるが、ドーマンはなかなかソロをとってくれない。もっともアンサンブルには1曲目からつき合っているが。
バラードで演奏される英国産のスタンダード「ジーズ・フーリッシュ・シングス」はバラードで演奏されるが、ピンキーもこのセッションで歌っているのでヴォーカル・ヴァージョンと比べるのも面白い。シムズのテーマからソロを経てトランペットのソロとなる。そしてピアノ、ベースのソロと続いたあと再びテーマに戻る。
ジャム・セッションの定番曲のひとつ「四月の思い出」はおそらく事前の打ち合わせなど一切やらずに演奏されたのであろう。テーマのメロディーはトランペット、テナーがオブリガ―ドをつける。テナー、トランペット、ピアノ、ベースの順でソロがまわされる。
多くのジャズメンが取り上げているバラードの「ラヴァー・マン」はヘイルのトランペットがメロディーを吹くがトップのソロはシムズ。次にベース、そしてピアノ。結局ベース・トランペットのドーマンはソロを取らずアンサンブル(といってもほとんどなかったが)の一員に甘んじている。ソロを吹かなかったのは気分が乗らなかったのか、何かほかに理由があったのか、なぞだ。
最後にライトハウスでのジャム・セッションから「ライトハウス・デイズ」であるが、前述したようにシムズはゲスト出演という形で参加している。演奏曲は「グーフィー・アイズ」とか「グーフ・アンド・アイ」とか、タイトルでジャム・セッションの都度いろいろと名前が変わっていた。ここではアンドリュースがメモに残していたタイトルを使った。ソロはシムズ、ステュ、シャンク、ロソリーノ、クーパー、クロードの順である。最後のコーラスでドラムスのリーヴィーと各人が2小節のエクスチェンジをおこない単なるジャム・セッションに終わらないようにメリハリをつけているのが面白い。リーヴィーの短いドラム・ソロはさすがに一流のドラマーは違うと思わせてくれる。

以上、このアルバムはウェストコースト・ジャズのシーンが一番熱かった時代の記録である。つけ加えるなら、1954年3月9日は、スタン・ケントンを辞めたドラマーのリーヴィーがマックス・ローチの後釜としてライトハウス・オールスターズに参加した記念すべき日であった。

(2013年2月10日  ジャズ・プロデューサー 妙中俊哉)

パーソネル:@〜D
           ズート・シムズ(ts)
           マーヴィン・トゥーティ・ヘイル(tp)
           ジョン・ドーマン(b-tp)
           ティミー・イノセンシオ(p)
           ジム・ウルフ(b)
ゲイリー・ヘイル(ds)
        E ズート・シムズ(ts)
           ボブ・クーパー(ts)
           バド・シャンク(as)   
           ステュ・ウィリアムソン(tp)
           フランク・ロソリーノ(tb)
           クロード・ウィリアムソン(p)
           ハワード・ラムゼイ(b)
           スタン・リーヴィー(ds)

録音: @〜D 1954年6月13日
          ズート・シムズの自宅(カリフォルニア州イングルウッド)
     E     1954年3月9日
          ライトハウス(カリフォルニア州ハーモサ・ビーチ)

     

 

 

 

   

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