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『レッツ・ビー・フランク』 / ピーター・マーシャル with カラブリア・フォーティー Let's Be Frank/ Peter Marshall

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan
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Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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TOPSinatra Society of Japan presentsジャズ・アルバム (インストゥルメンタル)>『ソニー・ロリンズ・イン・コペンハーゲン・1968』

『ソニー・ロリンズ・イン・コペンハーゲン・
1968

Sonny Rollins in Copenhagen 1968/
Sonny Rollins

\2,400+税 (XQAM-1628) 原盤:
Pacific Delights
録音:1968 年 世界初CD化
>>購入する  

1966年にインパルスを去り1972年にマイルストーンで新作を発表するまでの空白期を埋めるソニー・ロリンズの貴重な作品。ロリンズは1969年にふたたび雲隠れしてしまったが、前年68年の正月に二度目の来日を果たし、秋にはヨーロッパへ。デンマークでTV番組のために映像収録を行ったが、放映時間の制約があり番組では全3曲とも一部がカットされた。オンエアされたこのカット版がDVD化されているが、本作品はオリジナル・テープに遡りノー・カットのフル・セッションを収めた世界初のリリース。

 


1. Four/フォア>>試聴
2. On Green Dolphin Street/オン・グリーン・ドルフィン・ストリート>>試聴
3. St. Thomas/セント・トーマス>>試聴
 

 

ソニー・ロリンズについて

 ソニー・ロリンズの本名はセオドア・ウォルター・ロリンズという。1930年9月7日にニューヨークで生まれた。本稿執筆時点において現存するジャズ・ジャイアンツの数少ない一人となった。
 最初の楽器はピアノだったがアルト・サックスに転向、1946年からテナー・サックスを吹き始めたというが、その頃からこのアルバムでもサイドマンを務めているケニー・ドリューやアート・テイラーたちと演奏していたそうだ。マイルス・デイヴィスやセロニアス・モンクたちとの共演、50年代からのプレスティッジにおけるアルバム、中でも56年の『サキソフォン・コロサッス』で地位を確立した。ロリンズのオリジナル曲はジャズ・スタンダードにもなっており、このアルバムにもある「セント・トーマス」のほかに「ドキシ―」や「オレオ」といった曲がある。ロリンズはモンクと並んで当時の三大(?)ジャズ・マイナー・レーベルであったブルーノート、リヴァーサイド、プレスティッジにそれぞれリーダー・アルバムを吹き込んでいる数少ないアーティストの一人である。
 1950年代初期は麻薬で自由を一時期奪われ、60年代初期は精神的な面で一時期引退、そして60年代後半から70年代初めにかけての隠遁生活といったようにところどころジャズ・シーンから離れていたこともあるが、それぞれのカムバックはその実力が衰えていなかったことを示し、多くのジャズ・ファンを喜ばせた。
 このアルバムは1968年1月に二度目の来日公演を果たしたロリンズが同じ年に敢行したヨーロッパ・ツアー中にスウェーデンのアルネ・ドムネラスというアルト・サックス奏者がおぜん立てしたセッションが音源である。ちょうどインパルスとの契約が終わり再びジャズ・シーンから姿を消そうとする直前の時期にあたる。この演奏を聴いていると迷いもなくストレートに演奏しており、何故またジャズ・シーンから姿を消さねばならなかったのかわからない、というのが正直な感想である。

本アルバムについて

 本アルバムのセッションはロス郊外のレドンド・ビーチにあったヴァンテージ・レコードの原盤である。1952年にボブ・アンドリュースとジャック・アンドリュース(姻戚関係なし)がスタートしたヴァンテージ・レーベルは10インチ盤シリーズとしてピアニストのハンプトン・ホーズ・トリオとバド・ラビン・トリオ、ギタリストのジミー・ワイブル、サックスのアンソニー・オルテガ、そしてヴォーカルのピンキー・ウィンターズ(SSJからXQAM-1044で発売中)の5枚を出しただけで活動を休止してしまった。1966年にボブ・アンドリュースは以前から数種類のレコード・レーベルを主宰していたフランク・ドノヴァンという友人を出資者に得てレーベルを再開し、まず10インチで出ていたラビンとワイブルをそれぞれ片面に配した12インチLPとして再発した。その後ベン・ウェブスターがケニー・ドリュー・トリオと共演したアルバムやヴァイオリン奏者のスタッフ・スミスがやはりドリュー・トリオと共演したアルバムをリリースした。いずれもドノヴァンの供給であった。
 1980年代に入って、ボブ・アンドリュースが50年代前半にロサンゼルス周辺のジャズ・クラブで自らテープ録音していたウエスト・コーストのジャズメンたちによる一連のジャム・セッションをインタープレイ・レーベルが買収したときに旧ヴァンテージの10インチ盤の音源も買って欲しいといわれて、それらも同時に購入した。その時に12インチLPの音源について尋ねると権利を持っているドノヴァンを紹介された。
 後年ドノヴァンと交渉してヴァンテージ・レーベルの名称とロゴの権利及び12インチの音源もまとめて買収した。もっとも取引が実際に成立したのは1988年になってからだが、その中には前述したウェブスターとスミス以外にもズート・シムズやウォーン・マーシュのテープが当時未発表のまま残っており、ソニー・ロリンズ(本アルバム)やデクスター・ゴードン、そしてハンク・モブレーなどのテープもあった。しかし1曲が非常に長くLPレコード時代にはアルバム化に無理があった。というわけで当時は手をつけずそのまま倉庫に眠らせておいた。マーシュとシムズはその後CDとして日本でもリリースされたが、他のアルバムは相変わらず倉庫に眠ったままになっていた。 これらはすべてケニー・ドリュー・トリオがバッキングしているセッションで、アルネ・ドムネラス(1924-2008)が録音・所有していたテープである。ドムネラスはチャーリー・パーカーやクリフォード・ブラウンたちのヨーロッパ・ツアー時に共演した実力派アルト奏者で、彼の『ジャズ・アット・ポーンショップ』(Proprius)というアルバムは大変人気があり世界で30万枚以上売れたという。ドムネラスは新ヴァンテージのドノヴァンと親交が深く、自ら関与したラジオやTV番組制作時に記録したセッションをドノヴァンに売却したということだ。
 本アルバムはロリンズがコペンハーゲンのクラブ、モンマルトルに長期出演していた時期にTVスタジオで収録した映像がソースになっている。バックはモンマルトルのハウス・トリオである。このときの全3曲は2008年に『ライヴ・イン・'65・アンド・'68』(Naxos)としてDVD化されているが、放送時間の関係で編集カットされたTV放映用の素材を用いていた。本CDは3曲いずれもオリジナル・テープを採用したカットなしのフル演奏による世界初のリリースである。

サイドメンについて

 ピアニストのケニー・ドリュー(1928-1993)については長々と説明は不要であろう。ニューヨークに生まれ、一時期カリフォルニアに住みクラリネットのバディ・デフランコのバンドに2年ほどいた。その後再びニューヨークに戻りレスター・ヤングやチャーリー・パーカーとも共演した。ジョン・コルトレーンのブルーノート・アルバム『ブルー・トレイン』でピアノを担当したことでも知られる。61年にパリに移住し、後年コペンハーゲンに居を構えスカンジナビアを中心としたヨーロッパ全土で活躍した。ヨーロッパで共演したアメリカのジャズメンは数多く、このセッションのようにレコーディングが残されている場合も多い。
 ベーシストのニールス=ヘニング・オルステッド・ペデルセン(1946-2005)はデンマーク生まれの天才ジャズ・ベーシスト。コペンハーゲンのジャズ・クラブ、モンマルトルでデビューしたのは15歳のときであった。カウント・ベイシーに同時期スカウトされたが若すぎて米国政府がビザを発行しなかったそうだ。アメリカのジャズメンたちが必ず出演するモンマルトルのジャズ・クラブでハウス・ベーシストとして主にピアノのケニー・ドリュー、ドラムスは流動的だったがアルバート・ヒース、アレックス・リールほかとハウス・トリオを組んで長年演奏した。客演者はソニー・ロリンズ、ズート・シムズ、ハンク・モブレー、ジョニー・グリフィン、ジャッキー・マクリーンなどの大物ジャズメンであった。ペデルセンはそういう環境で腕を磨き、晩年はオスカー・ピーターソンのレギュラー・メンバーとしても活動した。
 アルバート・ヒ(1935年生まれ)は、テナー・サックスのジミー、ベースのパーシーの3兄弟の末っ子である。75年から78年までこの3兄弟にピアニストのスタンリー・カウエルを加えて定期的に演奏活動していたこともある。初レコーディングはジョン・コルトレーンのプレスティッジ・セッションだった。多くのジャズメンのレコーディングやライヴ・セッションに引っ張りだこで、ヨーロッパでも60年代から頻繁に演奏していたが、63年から68年はヨーロッパを拠点に活躍した。このセッションはその時期のドキュメントのひとつである。80年代からはロサンゼルスに住み、以降は教壇に立つことも多く、最近はスタンフォード大学でも教鞭をとっていた。また現在は「The Whole Drum Truth」というベン・ライリー、チャーリー・パーシップ、ビリー・ハート、ルイス・ヘイズなどが加わったジャズ・ドラム・アンサンブルのリーダー格として活躍している。

演奏曲について

 では各曲を聴いていこう。
 「フォア」はマイルス・デイヴィスのオリジナルである。ちょっと長いサックス・ソロによるイントロからテーマになってリズム・セクションが入ってくるというパターン。ロリンズも快調だがピアノのドリューが素晴らしいソロをとっている。DVDに比べ、ロリンズの最初のソロが15秒以上長い。
 多くのジャズメンによって演奏されているスタンダードの「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」はテーマをあまり崩さずにそのままソロ・パートを展開していくが、妙に捻ったところがなくて感じよく聴ける。DVDではロリンズの最後のソロが1分以上カットされていた。
 最後はお決まりの「セント・トーマス」。DVDではペデルセンの素晴らしいソロが1分40秒ほどカットされている。何度も何度も演奏されているロリンズのオリジナルだが、こうしてリズム・セクションが変わると違った聴き方ができるところが素晴らしい。先日ヒースと電話でこのセッションのことを話していたらロリンズと一緒に演奏するのは非常に楽しかったと語っていた。特に「セント・トーマス」ではドラムスに大きな自由を与えてくれるので、何度演奏しても飽きないと。

(2014.4.12. 妙中俊哉 ジャズ・プロデューサー)

パーソネル:ソニー・ロリンズ(ts)
        ケニー・ドリュー(p)
        ニールス=ヘニング・オルステッド・ペデルセン(b)
        アルバート・ヒース(ds)

録音:   1968年9月8日  
       デンマーク、コペンハーゲン

 

 

 

 

   

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