re

『レッツ・ビー・フランク』 / ピーター・マーシャル with カラブリア・フォーティー Let's Be Frank/ Peter Marshall

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan
sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

topchronologydiscographyfilmographybest 10interviewsSSJ presentsfan clubshopblogmail

SSJ presents shop

misic bird

amazon

天然石 パワーストーン

 

TOPSinatra Society of Japan presentsジャズ・アルバム (インストゥルメンタル)>>『アル・ヘイグ・トゥデイ!』 /アル・ヘイグ

『ナット・ソー・ロング・アゴー』 /
スタン・ゲッツ

Not So Long Ago!/
Stan Getz

\2,400+税 (XQAM-1636) 原盤:
Pacific Delights
録音: 1990年
>>購入する  

世にあまたあるピアノ・トリオ・アルバムの中でも、人気・出来栄えとも出色の一枚。幻の名盤として名高い、アル・ヘイグの通称“ミント盤”がDSDマスタリングで25年ぶりに復活。

 


1. I Love You/アイ・ラヴ・ユー >>試聴
2. Skylark/スカイラーク >>試聴
3. So Long Ago/ソー・ロング・アゴー >>試聴
4.

Lush Life/ラッシュ・ライフ >>試聴

5. There Is No Greater Love/ゼア・イズ・ノー・グレーター・ラヴ >>試聴
6. Round About Midnight/ラウンド・アバウト・ミッドナイト >>試聴
 

 

演奏能力とサイドメンの発掘能力

 スタン・ゲッツ(1927年2月2日〜1991年6月6日)の詳歴は省くが、ウディ・ハーマンのフォア・ブラザースからボサノヴァで大金持ちになったエピソードは至る所で語られてきた。ゲッツは16歳の時にジャック・ティーガーデンのバンドでレコーディングを初体験してから亡くなる1991年の初め頃にピアニストのケニー・バロンとのコペンハーゲンのジャズクラブ、モンマルトルでのセッションまで数多くのレコーディングを残している。晩年はガンとの闘病生活を強いられたが、バロンとのラスト・アルバムでもまた本アルバムでも衰えは見せなかった。
 ゲッツの素晴らしさはそのサックスの演奏コントロール・スキルやインプロヴァイザーとしての高い能力だけでなく、常に最良のサイドメンを発掘する能力及び雇用する積極性にもあったといえる。40年代後半に自分のバンドを持った時には、ピアニストにホレス・シルヴァー、アル・ヘイグ、デューク・ジョーダンなどを雇った。また70年代に入るとチック・コリア、ミロスラフ・ヴィトウスやトニー・ウィリアムスなどのリズム・セクションをバックに吹きまくった。晩年はケニー・バロンという素晴らしいピアニストを伴って演奏活動をおこなった。本音をいえば、晩年にリリースされたアルバムのピアノはケニー・バロンばかりで、少しばかり食傷気味になっていたというのが正直な気持ちだったが。
 1990年の暮にライヴ・レコーディングされた本アルバムは、しかし、ピアニストがフランク・ストラゼリ、ベースがジョン・パティトゥッチ、ドラムスがラルフ・ペンランドといういつもとは違うリズム・セクションであり、このトリオとゲッツの組み合わせはこの時しか存在しないというユニークかつ貴重なセッションである。

本アルバムのセッションについて

 フランク・ストラゼリはゲッツとの出会いを次のように語っている。「ゲッツが1980年代後半からLA郊外に住んでいることは、ミュージシャン仲間から聞いていた。でもLA周辺のクラブではあまり演奏はしていなかったように思う。ある晩、JAXというクラブでピアノを弾いていたらゲッツがやってきて、休憩時間に少し話をした。ゲッツとは面識はあったけど共演はなかった。彼がウエストコーストに来るとピアニストはいつもルー・レヴィーと決まっていたからね。レコードで私のオリジナルを聞いて気に入ったのでリードシート(楽譜)をいろいろともらえないかということだった。私のほうに異存はなかったので住所をくれれば送るよといったところ、自分の家にリハーサル・ルームがあるから直接きてくれという。それでリードシートを彼のマリブの家まで持って行きリハーサル・ルームのピアノでサラッと10曲ほどメロディーを弾いた。けっこう気に入ってくれたようで、数曲ほど是非レパートリーに入れたいと言ってくれた」。
 これは1990年の初め頃の話で、ゲッツがその年の暮れにLA郊外にある大学でコンサートをするにあたりバロンがニューヨークから来られなくなったということでストラゼリに白羽の矢がたった。いつも呼ぶルー・レヴィーも都合が悪く出られなかった。その時のコンサートをとらえたのが本アルバムである。まさに一期一会の歴史的セッションだ。

サイドメンについて

 1930年生まれのフランク・ストラゼリはニューヨーク州ロチェスターの出身。ウエストコーストに引っ越してきたのは60年代に入ってからである。有名なライトハウス・オールスターズ最後のレギュラー・ピアニストだった。60年代後半からLA周辺でチェット・ベイカーやアート・ペッパーとの共演で知られるようになり、後年はチェットの『レッツ・ゲット・ロスト』のセッションでも共演している。70年代はエルヴィス・プレスリーのバックバンドでオルガン奏者として活躍した。『エルヴィス・イン・ハワイ』というライヴ・コンサートのビデオの中にストラゼリの姿を見ることができる。80年代に入るとテナー奏者のビル・パーキンスとの共演が多くなった。リーダー・アルバムは、ヨーロッパでのリリースも含め20作以上作った。過小評価しかされなかったが、素晴らしいピアニストであったことはこのアルバムが証明している。今年2014年5月9日に亡くなった。
 ベースのジョン・パティトゥッチは1959年ニューヨーク州ブルックリン生まれ。最初はエレクトリック・ベースだったが15歳の頃にアコースティック・ベースもマスターした。チック・コリアのエレクトリック・バンドに参加して有名になった。ドラマーの故スタン・リーヴィーが80年代にカムバックをもくろんでいた時にレコーディングに起用したベーシストがパティトゥッチだった。リーヴィーはパティトゥッチをスコット・ラファロの再来だと高く評価していた。このアルバムではアコースティック・ベースを弾いているので、彼のベースの実力を実感いただけると思う。
 ドラムスのラルフ・ペンランドは1953年オハイオ州シンシナティの出身。ドラムスは独学。ジョー・ウィリアムスやナンシー・ウィルソンのバックでドラムスを叩き、ハービー・ハンコックやヒューバート・ロウズなどとも共演した。一度本人に会ったことがあるが大変温厚な人で、フランク・シナトラのコンサートのバックでドラムスを叩いたのが一番感動したギグだと語っていた。ペンランドも今年2014年3月14日に亡くなったので、本アルバムの演奏者で活躍しているのはパティトゥッチだけである。

演奏曲について

 LAの北西方向に位置するヴェントゥラ郡にあるヴェントゥラ大学でのコンサートで、レパートリーはオーソドックスなスタンダードが中心になっている。
 ストラゼリのちょっとつっかかるようなイントロから始まるコール・ポ―ターの「アイ・ラヴ・ユー」はミディアム・テンポでストレートにスイングする。
ストラゼリの話によると当時のゲッツは病気の影響か、アップテンポの曲は避けていたようである。そういうわけで次のホーギー・カーマイケル作曲による「スカイラーク」はバラードでの演奏になっている。
 ストラゼリのオリジナル曲「ソー・ロング・アゴー」も同様だ。この曲はもともとチェット・ベイカーとのレコーディングに用意したものだったようで、録音がスムーズに終わりこの曲を使用するまでに至らなかった。ストラゼリのオリジナルの中で一番ゲッツが気にいった曲だったという。
 ビリー・ストレイホーンが書いた「ラッシュ・ライフ」はゲッツのバラードへの解釈の仕方がよくわかる。ジョン・コルトレーンとジョニー・ハートマンのアルバムでコルトレーンのとるソロと比較して聴いてみるのもおもしろい。
 このアルバムで唯一のミディアム・アップテンポの曲がアイシャム・ジョーンズの作品「ゼア・イズ・ノー・グレーター・ラヴ」である。ここではストラゼリのピアノ・ソロのほうがゲッツより長い。パティトゥッチの非凡なベース・ソロも堪能できるし、そのあとにはペンランドのドラム・ソロも出てくる。
 ジャズの名曲、セロニアス・モンクとクーティ・ウィリアムスの共作「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」でクロージングとなる。この曲はゲッツの独壇場で、無駄のないソロ・フレーズが美しくまことに印象的である。

 スタン・ゲッツのラスト・アルバムは1991年3月にデンマーク、コペンハーゲンのカフェ・モンマルトルでレコーディングされた『ピープル・タイム』(エマーシー)で、その前が1990年7月にドイツのミュンヘンで記録された『ザ・ファイナル・コンサート・レコーディング』(欧イーグル)である。ともにガンに侵されながらも渾身の力で奏でたエモーショナルな熱演だ。これらふたつのライヴ・アルバムに挟まれた本作でも同様の快演を披露すると同時に、過小評価されてきたピアニスト、フランク・ストラゼリの好プレイもたっぷりと鑑賞することができる。今年5月に亡くなったストラゼリへの追悼作でもある。
 こうしてヴェントゥラ大学でのライヴが陽の目をみたことにより、ミュンヘンとコペンハーゲンの間の8カ月の空白が多少とも埋められ、『ザ・ファイナル・コンサート・レコーディング』は“ファイナル・コンサート”ではなくなった。
                                         2014.6.15. 夏目 才)

パーソネル:スタン・ゲッツ(ts)
        フランク・ストラゼリ(p)
        ジョン・パティトゥッチ(b)
        ラルフ・ペンランド(ds)

録音:       1990年12月15日
         カリフォルニア州ヴェントゥラ郡ヴェンチューラ大学

 

 

 

   

Copyright (C) シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン:本サイトで掲載の全ての記事・写真の無断転載を禁じます。