『バック・トゥ・ザ・ボールルーム』 /    リッチー・カミューカ&バディ・テイト  Back to the Ballroom/ Richie Kamuca - Buddy Tate

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan
sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

topchronologydiscographyfilmographybest 10interviewsSSJ presentsfan clubshopblogmail

SSJ presents shop

misic bird

amazon

天然石 パワーストーン

 

TOPSinatra Society of Japan presentsジャズ・アルバム (インストゥルメンタル)>『アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ』

『ニュー・ワールド・アット・スラッグス』 /
アート・ブレイキー&
ザ・ジャズ・メッセンジャーズ

Live! (New World at Slug's/
Art Blakey & The Jazz Messangers
\2,000+税 (XQAM-1641) 原盤:
Trip
録音:1968年 NYC
>>購入する オリジナルLPジャケット仕様

 

 

リー・モーガンが射殺されたことで有名になったNYCスラッグスでのアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ熱狂のライヴ作品。1960年代後半をメッセンジャーズ"冬の時代"と片づけてしまった大間違いを証明する一枚。新たな3管編成で新天地を切り開くブレイキーの意気込みがビビッドに伝わってくる。

 


1. New World/ニュー・ワールド >>試聴
2. Angel Eyes/エンジェル・アイズ >>試聴
3. Slide #2y/スライド#2 >>試聴
4. Theme/テーマ >>試聴
 
 

1968年のブレイキー、唯一のリーダー・アルバム

 数あるアート・ブレイキーのリーダー・アルバムの中で1968年に録音された本アルバムは、トランペットにチャック・マンジョーネが加わったLimelightレーベル『ホールド・オン、アイム・カミング』(1966年5月27日録音)とピアノのジョアン・ブラッキーンが加わった日本での録音『ジャズ・メッセンジャーズ・'70』(ビクター・1970年2月19日)のちょうど間に位置する。それまでは1954年から毎年のようにリーダー・アルバムをいろいろなレーベルに吹き込んでいたのだが、この時期には1967年と1969年の録音が正規盤としてリリースされていない。本アルバムは1968年唯一のリーダー・アルバムである。

TRIPレーベルについて

 Tripの親会社はニュージャージー州のリンデンにあったスプリングボード・インターナショナルという会社で、もとはロックを中心とした再発をおこなっていた。ジャズ系のTripは主にEmArcyやMercury、それにLimelightやVee Jayといったレーベルの原盤を廉価盤としてリリースしていたが、日本人がこだわるようにオリジナル・ジャケットそのままで再発したのではなく、主にオリジナルのカヴァー・アートを縮小・デフォルメして発売していた。したがって日本に輸入盤として入ってきてもほとんど売れなかったと聞く。また多くの日本のジャズ評論家からは「胡散臭いレーベル」という称号(?)を授けられてしまった。レーベルには5000番シリーズと5500番シリーズがあり、5000番シリーズは欠番もあるが50枚程度、5500番シリーズは90枚前後出たと思う。
Tripレーベルの再発のコーディネートはスタート当初からフレッド・ノースウォーシーというイギリス出身の人物が担当していた。彼は1960年代に自身でマイナー・レーベルを運営していたこともあり、親会社の担当者にジャズを理解する人がいなかったからだろう。Tripのカタログの大半が再発の廉価盤ということで雑貨スーパーやドラッグ・ストアでも売られていた。1970年代には勢いのあったTripだが、CD時代の到来とともにいつの間にか消えてしまった。親会社のスプリングボード社はそのまま生き残りCD時代に入ってもロック系のアルバムを再発していた。
最初は再発専門だったTripもカタログが30枚を越すあたりからちょっとひねったオリジナル・アルバムを出すようになった。本アルバムのオリジナル・カタログ番号は5034番だが、そのふたつ前のアルバムがトゥーティ(アル)・ヒースの『Kawaida』(5032番)というアフリカ色が濃厚なアルバムで、このあたりからオリジナル路線が立ち上がったようだ。5033番がランディ・ウェストンの『ブルース』、ちょっと飛んで5036番がウディ・ショーやケニー・ドーハムたちのジャム・セッション『ア・トランペット・トリビュート』、番号は5029と若いがヒースのアルバムよりも後に発売されたリー・モーガンのライトハウス・ジャズ・クラブでの『ワン・オブ・ア・カインド』など、再発盤の隙間にオリジナル・アルバムが確認できる。これらオリジナル・アルバムの仕掛け人もノースウォーシーであった。
彼が1960年代前半に主宰していたJazzztimeやJazz Lineといったマイナー・レーベルはどちらも少ないカタログを出しただけで短期間で倒産してしまった。彼はそれが悔しくてその後もレーベルを立ち上げるべく時間とお金ができると自分好みのジャズメンたちをスタジオに集めてレコーディングしたり、すでに録音されていたテープを買い取るといったことをコツコツとやっていた。で、自分が権利を持っていたそれらのテープを親会社に黙ってTripからリリースした。本アルバムもニューヨークにあったスラッグスというジャズ・クラブでオーヴィル・オブライエンというジャズ・マニアが録音したテープをノースウォーシーが買い取ったものである。だが、親会社から事前に承認を得ていなかっためノースウォーシーはクビになってしまった。本CDではTripのオリジナル・ジャケットが使われているが、後にEverestから再発された時はブレイキーのドラムスを演奏する写真に差し替えられていた。
ノースウォーシーは最終的にJazz Isというレーベルを1990年代に立ち上げたがアルバムを4枚ほど出しただけで空中分解した。マイナー・レーベルを継続するのは至難の業ということだ。

スラッグスについ

 スラッグスは最初の頃、スラッグス・サルーンと呼ばれていた。ジェリー・シュルツという人物が1964年にオープンし1972年に閉店するまでニューヨークの東3丁目242番地にあった。1966年頃毎週月曜日にサン・ラのグループが定期出演するようになってから知られるようになった。アルバート・アイラーやオーネット・コールマンなどフリージャズのミュージシャンの出演も多かったが、ソニー・ロリンズなどメインストリーム派も出演した。ここはトランペッターのリー・モーガンが1972年2月19日出演中に内縁の妻によって射殺されたところとして知られている。縦に細長く内装的にあまりきれいなところとはいえず、100名も収容できないほどで(それでも土地代の高い東京よりはかなり広いけれど...)、辺りは治安のあまり良くない地域だった。

アルバムについて

 本アルバムは1968年8月18日にアート・ブレイキー率いるザ・ジャズ・メッセンジャーズの当時のレギュラー・メンバーによってレコーディングされた。テナーは当時新人だったビリー・ハーパー(1943-)。トランペットはザ・ジャズ・メッセンジャーズ返り咲きのビル・ハードマン(1933-1990)。ジャッキー・マクリーン、チャールズ・ミンガス,ホレス・シルヴァーなどのバンドで活躍した。マックス・ローチやサン・ラ、そしてデューク・エリントン、ハービー・ハンコックに在籍したジュリアン・プリースター(1935-)がトロンボーンで、彼同様マックス・ローチのグループにいたのがピアノのロニー・マシューズ(1935-2008)である。ベースのラリー・エヴァンスについての詳細はわからない。
1960年代中頃からアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズは冬の時代に入った。レコーディングの機会がめっきり減ってしまったのだ。1967年になるとブレイキーは三管にビル・ハードマン、ビリー・ハーパー、それにトロンボーンのスライド・ハンプトンを押し立てたが、これはブレイキー自身最も気に入っていたバンドのひとつだという。ハンプトンをプリースターに替えたあとにライヴ・レコーディングされたのが本作である。レコーディング・キャリア的には停滞の時期にあっても、ライヴらしい熱気と躍動感に満ちた熱演に終始しており、1970年代後半のメッセンジャーズ復活に至る道筋に咲いた重要作品としてもっと注目されてよい。

収録曲について

 ライヴということもあり、収録されているのは4曲のみである。スライド・ハンプトンのオリジナルが2曲演奏されているのはつい先ごろまで彼がメンバーだった時代の名残といえる。
そのひとつ冒頭の「ニュー・ワールド」というアップテンポの曲ではブレイキーのドラムスが相変わらずグループを煽りたてる。最初にソロをとるビル・ハードマンが好調で、当時新人だったビリー・ハーパーもポスト・コルトレーン風に吹きまくる。その後にプリースターのソロと続くが、当時としては前衛派に見られていたプリースターがハードバップのスタイルでトロンボーンを自由自在に扱っている。過小評価されているピアニストのロニ―・マシューズもソロを聴くと非凡な才能を持っていることがわかる。エヴァンスのベース・ソロもなかなかものだが、ジャズ・シーンからいつの間にか消えてしまった。もちろんブレイキーのドラム・ソロもちゃんと入っている。
マット・デニスの「エンジェル・アイズ」は、ハーパーのムード歌謡風のテナーがなかなかだ。
もうひとつのハンプトンのオリジナル「スライド No.2はハーパーのソロから始まる。スライドとはトロンボーンのことだが、作曲者のスライド・ハンプトンにも因んでいる。No.2とあるのだから、No.1もどこかでレコーディング、あるいは少なくとも演奏されたことだろう。
「テーマ」でセッションが締めくくられるが、オリジナル・テープには「テーマ・フォー・A&T」とある。当時のブレイキーの日本人妻であったアツコさんと息子のタケシ君のイニシャルからとったものだろう。オリジナル・アルバムにはそのふたりへのデディケーションと記されている。
                                                 (2014.11.21. 夏目 才)

パーソネル:アート・ブレイキー(ds)
        ビル・ハードマン(tp)
        ジュリアン・プリースター(tb)
        ビリー・ハーパー(ts)
        ロニー・マシューズ(p)
        ラリー・エヴァンス(b)

録音:    1968年8月18日、ニューヨーク市スラッグス

 

   

Copyright (C) シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン:本サイトで掲載の全ての記事・写真の無断転載を禁じます。