『いそしぎ+1』/ ピンキー・ウィンターズ The Shadow Of Your Smile/ Pinky Winters

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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TOPSinatra Society of Japan presentsスタンダード・ヴォーカル・アルバムの復刻・発掘>『いそしぎ+1』/ピンキー・ウィンターズ


『いそしぎ+1』/
ピンキー・ウィンターズ
The Shadow Of Your Smile + 1/
Pinky Winters
\2,100
 (XQAM-1905)
Cellar Door 原盤
1983年/1991年/circa1986年録音 未発表を1曲加え
お求めやすい価格で再登場!
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   実力派シンガー、ピンキー・ウィンターズが伴侶のルー・リーヴィー(ピアノ)と、ワシントンで行われたグレート・・アメリカン・ソングブック・シリーズのコンサートで歌った際のライヴ録音。テーマは現代を代表する作曲家ジョニー・マンデルで、彼の主なの作品を網羅している。
 

 1. The Shadow Of Your Smile/いそしぎ >>試聴
 2. The Shining Sea/ザ・シャイニング・シー>>試聴
 3. Close Enough For Love/クロース・イナフ・フォr−・ラヴ>>試聴
 4. Theme from M*A*S*H/『マッシュ』のテーマ>>試聴
 5. You Are There/ユー・アー・ゼア>>試聴
 6. El Cajon/エルカホン>>試聴
 7. Emily/エミリー>>試聴
 8. Cinnamon And Clove/シナモン・アンド・クローヴ>>試聴
 9. A Time For Love/ア・タイム・フォー・ラヴ>>試聴
10. I Never Told You/アイ・ネヴァー・トールド・ユー>>試聴
11. Unless It's You/アンレス・イッツ・ユー>>試聴
12. Don't Look Back/ドント・ルック・バック>>試聴
13. Take Me Home/テイク・ミー・ホーム >>試聴 
14. First/ファースト (ボーナス・トラック)>>試聴 
 

1983年の思い出深いコンサート・ライヴ

1983年2月27日、ワシントンDC。子育てのための引退からカムバックして間もないピンキー・ウィンターズは何十年振りかで大きな会場でたくさんの聴衆を前にして歌った。多少神経質になったが、この日のためにロスでリハーサルを重ねてきたので上手く歌え、聴衆の反応も素晴らしかった。本作『いそしぎ』はそのコンサートの第一部を収録したものである。

1982年から83年にかけてワシントンDCの「コーコラン・ギャラリー・オブ・アート」でおこなわれた「ザ・グレート・アメリカン・ソングライターズ」とタイトルされたコンサート・シリーズには、シャーリー・ホーン、シーラ・ジョーダン、ジャッキー・アンド・ロイ、マーク・マーフィー、クリス・コナー、ブロッサム・ディアリー、キャロル・スローン、デイヴ・フリシュバーグ、ボブ・ドロー、マーガレット・ホワイティングなどなどのシンガー達が一回ごとに入れ替わりで登場して、自分で選んだソングライターの作品を歌う企画だった。このコンサート・シリーズをプロデュースしたのは、2004年3月に亡くなったジョエル・E・シーゲルで、彼はジャズや映画の評論家、レコード・プロデューサーで、今やポピュラーになったイタリアの曲「ESTATE」の英詞をはじめ作詞家としても活躍した大変多才な人だった。
彼が、このシリーズを企画する中で、「カリフォルニアで一番注目するべき歌手は、ピンキー・ウィンターズだ」ということをある時、このシリーズでホーギー・カーマイケルを歌ったデイヴ・フリシュバーグから聞いた。ジョエルは、勿論、ピンキーのことを、チコ・ハミルトンなどと吹き込んだ『ロンリー・ワン』(アーゴ)で知ってはいたが、それから20年以上もたっていてアップ・トゥ・デートな彼女の状況は分からない。手紙のやり取りがあり、ちょうど、ジョエルの友人のリチャード・ロドニー・ベネットが仕事でロスへ行くので彼にメッセージを託し、長い時間かかってピンキーの出演が決まったという。2005年にSSJレーベルからリリースされた『レイン・サムタイムズ』(セラー・ドア)で絶妙な伴奏をつけているリチャード・ロドニー・ベネットが、ピンキーと出会ったのもこの頃だった。

ピンキーの記憶では、こうだ。彼女がハリウッドにあった「トゥー・ダラー・ビルズ」というクラブにボブ・フローレンス(p, arr)と出演している時に、リチャードがやってきた。そのクラブには、ピアノがなくピアノを自分で持ち込まなくてはならないような所で、フローレンスの機嫌は良くなく、彼女もあまり調子の良い時ではなかった。彼女は、その時、リチャードのことを全く知らなかった。「私は、あなたの10インチ・アルバムを持っている」というので、初めはファンの一人くらいに思っていた。その時は、このコンサートの話は出ず、後に彼女がニューヨークへ行ってリチャードのアパートに招かれていた時、ジョエルから電話が入り、初めてコンサートの話が出たという。「どのソングライターの作品を取り上げたいか」と聞かれ、即座に大好きなジョニー・マンデルの名前を挙げた。相棒のルー・レヴィーも全く同意見だった。
彼女がマンデルに最初に出会ったのは、デイヴ・フリシュバーグの家だった。ある時、デイヴから電話があり「ジョニーが家に来るけど、会いたいか」というので、とるものも取りあえず駆けつけた。ジョニーとデイヴがちょうど「ユー・アー・ゼア」について話しているところだったという。そこでジョニーのピアノでデイヴが詞を書いたこの曲を歌うよう促された。大変印象深い出会いだったという。

ジョニー・マンデル

 ジョニー・マンデルは、1925年11月23日ニューヨーク生まれ。12歳の時に、既にビッグ・バンドのアレンジをしていたという。トランペットとトロンボーンの奏者で、ヴァイオリンのジョー・ヴェヌーティのバンドを皮切りにビリー・ロジャース、アーティ・ショウ、ジミー・ドーシー、バディ・リッチ、エリオット・ローレンス、ヘンリー・ジェロームなどのビッグ・バンドを渡り歩く。カウント・ベイシー楽団にもいたことがある。1954年にロスに落ち着き、フランク・シナトラ(アルバム『リンガ・ディン・ディン!』)、トニー・ベネット、ペギー・リー、メル・トーメ、アニタ・オデイなど多くのシンガー、ミュージシャンのために編曲の仕事をした。彼の一大転機は、1958年の映画『私は死にたくない』の音楽を担当したことだった。それで大きな評価を得て、その後、『卑怯者の勲章』、『いそしぎ』、『アメリカ上陸作戦』、『動く標的』、『殺しの逢びき』、『マッシュ(M*A*S*H)』、『さらば冬のかもめ』、『アガサ 愛の失踪事件』、『評決』など、多くの映画音楽を手がけた。『いそしぎ』のテーマ曲ではアカデミー賞に輝き、グラミー賞も5回とっている。コンテンポラリーな作曲家の代表的な一人で、特に彼の書くバラードの美しさは、定評がある。

曲目解説

@いそしぎ
ジョニー・マンデルの最大のヒットとなった、1965年のMGM映画『いそしぎ』の主題歌で、その年のアカデミー主題歌賞に輝いた歌だ。作詞は、ポール・フランシス・ウェブスター。ピンキーは、ゆっくりとしたテンポでヴァースから入りしっとりとした歌を聞かせる。バックでサポートするルー・レヴィーのピアノが光っている。ルーのソロになり、途中からビル・タカスのベースが入ってテンポをアップして流麗なピアノの演奏を披露、ピンキーもセカンド・コーラスではテンポを上げて軽くスイングする。素晴らしい歌と演奏だ。
Aザ・シャイニング・シー
1966年の冷戦時代のコメディー映画『アメリカ上陸作戦』の主題歌で、歌詞はペギー・リーが書いている。「いなくなってしまった彼を想う、輝く海が好きだった彼、貝殻を集めてくれた彼」。ピンキーの歌は、そんな場面を思い浮かべさせてくれるようだ。「彼のところへ行きたい、アイル・ゴー」という表現に思いがこもっている。ワン・コーラスで歌いきる素晴らしい歌だ。
Bクロース・イナフ・フォー・ラヴ
1978年のミステリー映画『アガサ 愛の失踪殺人事件』のクロージング・タイトルで流れたナンバー。ジョニー・マンデルの作品の中では、「いそしぎ」に続いて多くの歌手によって歌われている。作詞は、ポール・ウィリアムズ。ファースト・コーラスは、ルーの玉を転がすようなピアノで、その後、ピンキーの歌になる。静かにしっとりと歌う中に情感がこもっていてエンディングのリピートが効いている。
Cマッシュ』のテーマ(スーアサイド・イズ・ペインレス)
1970年の同名のブラック・コメディー映画の主題曲。ルーのピアノとタカスのベースによるデュオ演奏。ルーは力強いタッチで演奏する。
Dユー・アー・ゼア
歌手でピアニストのデイヴ・フリシュバーグが、ジョニー・マンデルの曲に歌詞をつけたペーソスのある美しくも悲しい歌で、前記の様にピンキーとジョニーの出会いの記念すべき歌だ。ジョニーは、「ピンキーは、この歌のチャンピオンだ。」といっていたという。マンデルが褒めるだけに彼女のこの歌は、大変強い印象を残す。
Eエルカホン
ピンキーが裏話を紹介しているように、ロスのジャズ・クラブ「カーメロス」にルーとサックスのアル・コーンが出演して、2時間のステージを勤めて戻ってきて一息入れているところへ、ジョニー・マンデルから電話が入り「今日のアル・コーンは素晴らしかった。インスパイアーされたので一曲書いた」と言ってくれたのが、この曲だった。アル・コーンは、ピンキーが一番好きなテナー奏者だ。
Fエミリー
ジョニー・マンデルが作曲、ジョニー・マーサーが作詞した。1964年のMGM映画『卑怯者の勲章』の主題歌で、多くの歌手が録音している、今やスタンダード・ナンバーだ。ここでは、ルーのスロー・テンポのピアノ・ソロで1コーラス演奏した後、ピンキーの優しさの溢れる歌が入る。最後、ロング・トーンで消えてゆくところも印象的だ。
Gシナモン・アンド・クローヴ
アランとマリリン・バーグマン夫妻と書いたボサノヴァ・ナンバー。ルーのピアノ・ソロを挟んでピンキーは軽快に歌う。ここでは、タカスのベースが活躍する。
Hア・タイム・フォー・ラヴ
1966年のワーナー映画『殺しの逢びき』の主題歌で、歌詞はポール・フランシス・ウェブスター。ジョニー・マンデルの作品の中でも、よく歌われるナンバーだが、プログラムを構成する中で、ルーが是非ピアノで演奏したいというので、歌は省くことにしたという。とても綺麗なピアノの演奏だ。ピンキーの歌を聴きたい方は、2006年の初来日時にライヴ・レコーディングされた『ワールド・オン・ア・ストリング』(SSJ XQAM-1503)でどうぞ。
Iアイ・ネヴァー・トールド・ユー
1969年の映画『雨にぬれた舗道』の主題歌。作詞はアーサー・ハミルトン。「あなたが行ってしまって、初めて、私が、言わなかった言葉の大切さの意味に気がついた」といった悲しい映画の内容を示唆するような、ピンキーの湿り気のある表現力豊かな歌だ。ルーのサポートも特筆もの。
Jアンレス・イッツ・ユー
ブロッサム・ディアリーが『マイ・セレブリティ・イズ・ユー』(ダフォディル)のアルバムで、スー・レイニーがジョニー・マンデル作品集『クワイエット・ゼア』(ディスカヴァリー)で歌っていたが、比較的知られていないラヴ・バラード。作詞はモーガン・エイムス。ピンキーは、優しく話しかけるようにワン・コーラスで歌いきる。
Kドント・ルック・バック
これもあまり歌われないナンバーだ。ジョニー・マンデルが永年の友人で歌手のデイヴィッド・アレンのために書いた曲で、アレンはこの曲をタイトルにしたアルバムを作った(ザナドゥー)。作詞は、ケイ・L・ダンハム。ここで、演奏の二人のミュージシャンを紹介して、ルーのスローなピアノに途中からタカスのベースが入って、テンポ・アップする。ピンキーはハミングから入り、見事な構成の歌で余韻を残してステージを終える。
Lテイク・ミー・ホーム
マンデルの曲にアランとマリリン・バーグマン夫妻が作詞したもの。この録音は、この曲を売り出すためにルーのピアノ伴奏で、マンデルの家で録音されたデモ・テープ。シンセサイザーはマンデル自身。ドラムスの音はシンセで出している。この曲のデモンストレーションなので、ピンキーは素直に歌っている。
Mファースト
Iと同じく、作詞はアーサー・ハミルトン。これもデモ・テープがソースで、ここでもマンデルがシンセを弾いている。今回の再発にあたり、ピンキーからのリクエストにマンデルは即座にOKを出したとか。ピンキーに対するマンデルの親愛の情と信頼のほどを窺わせる。世界初リリース。

高田敬三(2006年初出の際のライナーに今回加筆しました。)  

パーソネル
ピンキー・ウィンターズ(vo except on 4, 6, 9)
ルー・レヴィー(p except on 14)
ビル・タカス(b except on 13, 14)
ジョニー・マンデル(synth on 13, 14)

録音
@〜K 1983年2月27日/ワシントンDC
L    1991年
M    1986年ごろ

 

 

  







 

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