『アフターソーツ』/オードリー・モリス』/
オードリー・モリス Afterthoughts/Audrey Morris 

フランク・シナトラ Frank Sinatra SSJ Presents CD

sinatra society of japan

Frank Sinatra フランク・シナトラ

スタンダード・ヴォーカル、ジャズ・ヴォーカルのトップ・スター=フランク・ シナトラ。
シナトラ・ソサエティ・オブ・ジャパン(Sinatra Society of Japan)は、 1981年12月13日、
シナトラの67歳の誕生日の前日、 つまりアメリカ時間で当日に、 熱心なシナトラ・ファン4人によって設立されました。

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sinatra society of japan
TOPSinatra Society of Japan presentsスタンダード・ヴォーカル・アルバムの復刻・発掘>『ウェンズデイズ・チャイルド+5/パティ・マクガヴァン

『ウェンズデイズ・チャイルド+5』/
パティ・マクガヴァン
Wednesday's Child + 5/
Patty McGovern
\2,000+税 (XQAM-1909) 原盤: Interplay
録音:1956年(1- 14)/1954年頃(15 - 17) プライスダウン
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ジャケットの魅力、物憂げなパティ・マクガヴァンの歌、 そして稀少性で人気のコレクターズ・アイテム。オリジナルLPに2曲追加して完全復刻。さらに珍しいレア音源を3曲追録。

 

 
1. Alone Together/アローン・トゥゲザー   >>試聴
2. I Like Snow/アイ・ライク・スノウ   >>試聴
3. Crazy, He Calls Me/クレージー、ヒー・コールズ・ミー  >>試聴
4. You Don't Know What Love Is/ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ >>試聴 
5. All in Fun/オール・イン・ファン  >>試聴
6. Hooray for Love/フーレイ・フォ−・ラヴ  >>試聴
7. Lonely Town/ロンリー・タウン  >>試聴
8. Wednesday's Child/ウェンズデイズ・チャイルド >>試聴 
9. Love Isn't Everything/ラヴ・イズント・エヴリシング  >>試聴
10. Get Out of Town/ゲット・アウト・オブ・タウン  >>試聴
11. Winter Song/ウィンター・ソング  >>試聴
12. By Myself/バイ・マイセルフ  >>試聴
13. Will You Still Be Mine?/ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン? (ボーナス・トラック)  >>試聴
14. Summer Rain/サマー・レイン (ボーナス・トラック) >>試聴
15. If That Isn't Love/イフ・ザット・イズント・ラヴ (ボーナス・トラック)  >>試聴
16. Every Other Dream/エヴリ・アザー・ドリーム (ボーナス・トラック)  >>試聴
17. I Love You Dear/アイ・ラヴ・ユー・ディア (ボーナス・トラック)  >>試聴

 
 


               One Shot Wonderのひとり、パティ・マクガヴァン

 One Shot Wonderとは、アルバムを1枚残しただけで、1950年代中ごろに起こったロックの波に翻弄され浚われシーンから消えてしまったスタンダード・シンガーたちの総称である。ただし、すでに活動を停止してしまったか、亡くなった歌手である。今後もアルバムを出す可能性のある現役シンガーは対象外だ。

 One Shot Wonderのひとり、パトリシア・ジーン・マクガヴァンは1928年にミシガン州のミネアポリスで生まれた。ピアノを弾く兄の影響で音楽に興味を持ち、大学時代はミネアポリスとそれに隣接するセント・ポールというミネソタ有数の都会でピアノと歌でステージに立った。大学を出ると地元のDJのリー・キャムマンと結婚し、ふたりでニューヨークへ出て数々のセッションに参加し、1951年から有名な混声コーラス・グループのザ・ハニー・ドリーマーズ(1946年結成)に加入した。このコーラス・グループは全員ミネソタ出身者だったが、パティがグループを知ったのはニューヨークにきてからである。グループの中心だったキース&シルヴィア・テクスター夫妻がフレッド・ウェアリング&ヒズ・ペンシルヴェイニアンズに移籍して欠員が出たときで、300人ほどのシンガーがオーディションを受けたという難関だった。パティはザ・ハニー・ドリーマーズに1956年まで在籍した。
そして、独立後まもなく録音したのが本作『ウェンズデイズ・チャイルド』(アトランティック 1245)である。アレンジと指揮はロスを経てニューヨークへ出てきたトーマス・タルバートで、アトランティックのアーメット・アーティガンの知己を得て、アーティガンから「好きにアルバムを作っていい」といわれ、同郷のパティを起用したヴォーカル・アルバムが企画されたのだ。
 このアルバムはかなりの評判をとり、パティはその後TVの仕事が増え、つい先日9月22日に亡くなった人気歌手のエディ・フィッシャーの『コーク・タイム』ショウにも出演したが、ショウ自体がわざとらしくてなじめなかったという。
 1958年に故郷に戻りふたりの娘たちの子育てに専念したが、リーとはのちに離婚。現在の夫とは結婚40年になるが、今もヴォーカル・トレーナー、ピアノ教師として活動する一方で作曲も手懸けている。本作でも作詞作曲活動の一端を知ることができる。
 アトランティック盤のライナーによれば、パティの眼はグリーン、髪は赤みをおびたブラウンだという。ミネソタ州の東隣ウィスコンシン州で今も健在だ。

トーマス・タルバート

 1924年に、パティ同様ミネアポリスで生まれた。祖母からピアノの手ほどきを受けたが、基本的には独学で習得した。故か、ピアノの腕前には自信がないらしく、自らはアレンジャーと名乗った。その編曲術だが、音楽教室で初歩を学び、あとはやはり独学でマスターしていった。最初のアイドルはジミー・ランスフォード。
1943年に兵役に就き、軍楽隊のアレンジを担当し、除隊後の1946年からロスに居を構えて、1949年ごろまでコンボからビッグバンドと多岐にわたるアレンジを書いた。アート・ペッパー(as)やカイ・ウィンディング(tb)、クロード・ウィリアムソン(p)、オスカー・ペティフォード(b)、バディ・リッチ(ds)、歌手ではアニタ・オデイらにアレンジを提供した。
 1950年にニューヨークへ移り、『ウェンズデイズ・チャイルド』のあとにレコーディングした『ビックス - デューク - ファッツ』(アトランティック 1250)は『ダウンビート』誌で5つ星を獲得し、セールス的にも好成績を残した。
ロック台頭後の1960年代は故郷のミネアポリスに戻って父親の事業を手伝っていたが、父がリタイアするとその事業を売却してロスに戻り、TVや映画音楽、コマーシャルの世界で活躍し、その後は気が向くとライヴでピアノ演奏をしたりアルバムを作ったりと悠々自適の生活を送り、2005年に亡くなった。

曲目について

@アローン・トゥギャザー
1932年にハワード・ディーツが作詞、アーサー・シュワルツが作曲して、レビュー『フライング・カラーズ』で紹介された、哀愁をおびたナンバー。
Aアイ・ライク・スノウ
パティ・マクガヴァンの作品。カナダと国境を接するミネソタ出身のパティらしい、クリスマスの思い出を綴った歌。ピ〜ンと張りつめた冬の空気を思わせる現代音楽風のサウンドが印象的だ。
Bクレージー、ヒー・コールズ・ミー
1949年にボブ・ラッセルが作詞、カール・シグマンが作曲した。多くのシンガーが歌っているが、ビリー・ホリデイのデッカ盤が一番有名だろう。
Cユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ
1941年にドン・レイとジーン・ディ・ポールが共作した失恋のバラード。情緒綿々とあるいはエモーショナルに歌うシンガーが多い中、パティは物悲しげな晩秋を想わせるクールで淡々としたアプローチをみせる。
Dオール・イン・ファン
1939年にオスカー・ハマースタイン2世が作詞、ジェローム・カーンが作曲して、ミュージカル『ヴェリー・ウォーム・フォー・メイ』で紹介されたが、ポピュラーとはいえない。このミュージカルからの歌では「オール・ザ・シングズ・ユー・アー」が圧倒的に有名だ。
Eフーレイ・フォー・ラヴ
1948年にレオ・ロビンが作詞、ハロルド・アーレンが作曲して、ミュージカル映画『迷路(Casbah)』でトニー・マーティンが歌った。この映画からは『フォー・エヴリ・マン・ゼアズ・ア・ウーマン』がアカデミー主題歌賞にノミネートされたが、現在では「フーレイ・フォー・ラヴ」のほうに人気がある。
Fロンリー・タウン
ベティ・カムデンとアドルフ・グリーンが作詞、レナード・バーンスタインが作曲して、1944年のブロードウェイ・ミュージカル『オン・ザ・タウン』で紹介された。出版は1955年。雄大なスケールで歌ったフランク・シナトラの名唱がキャピトルにあるが、パティは知的にコントロールしながらもニュアンス豊かに歌い綴っていく。
Gウェンズデイズ・チャイルド
マット・モンローが歌った1966年のスパイ映画『さらばベルリンの灯』の主題歌に同じタイトルの曲があったが、こちらはビル・ウルフの作詞、トーマス・タルバートの作曲。古くから伝わる子守唄 (*) に「水曜日生まれの子供は悲しみでいっぱい」というくだりがあるが、バーバラ・リーのレコードに「サーズデイズ・チャイルド」がある。アルバム『バーバラ・リー』(プレステッジ)収録。
Hラヴ・イズント・エヴリシング
これもパティ・マクガヴァンの作品で、A同様、スタッカートの効いたきびきびとした曲想だ。バリー・ガルブレイスがいつものように、気の効いたオブリガートや間奏をつけている。
Iゲット・アウト・オブ・タウン
1938年にコール・ポーターが作詞作曲して、ブロードウェイ・ミュージカル『リーヴ・イット・トゥ・ミー!』で紹介された。メル・トーメも歌っているが、歌詞内容からして女性シンガー向きの歌。
Jウィンター・ソング
これもビル・ウルフとトーマス・タルバートの作品。完成は1949年。パティのA同様、冬をテーマにしているが、こちらは失恋の歌。
Kバイ・マイセルフ
ここまでがアトランティックのオリジナルLP収録曲で、トップと同じハワード・ディーツの作詞、アーサー・シュワルツの作曲。1937年のブロードウェイ・ミュージカル『ビトゥウィーン・ザ・デヴル』でジャック・ブキャナンが歌った。ブキャナンも出演したミュージカル映画『バンド・ワゴン』(1953)の冒頭で歌ったフレッド・アステアの歌が懐かしい。
Lウィル・ユー・スティル・ビー・マイン?(ボーナス・トラック)
1941年にトム・アデアが作詞、マット・デニスが作曲して、コニー・ヘインズをフィーチャーしたトミー・ドーシー楽団のヴィクター盤で紹介された。
Mサマー・レイン(ボーナス・トラック)
ジャズ・ピアニストのジョージ・ウォリントンのインスト曲にパティが歌詞をつけたもので、ウォリントンと親交のあったタルバートの勧めによる。ウォリントンは1952年にチャールズ・ミンガス(b)、マックス・ローチ(ds)とプレステッジにレコーディングしている。
Nイフ・ザット・イズント・ラヴ(ボーナス・トラック)
Oエヴリ・アザー・ドリーム(ボーナス・トラック)
Pアイ・ラヴ・ユー・ディア(ボーナス・トラック)
以上の3曲は、無名のソングライターたちの曲を取り上げてトランスクリプション(放送用レコード)を制作・供給していた楽曲管理会社のセザック(Sesac)の音源。1954年ごろの録音と思われるが、Nはトミー・ドーシー楽団にも所属したスチュアート・フォスターとのデュエット。伴奏はすべてリチャード・モルトビー楽団だが、メンバーは不詳。パティは『ウェンズデイズ・チャイルド』よりいたって快活かつ直截な歌を聴かせる。ビッグバンド・シンガー的な乗りだ。セザックには、やはりモルトビー楽団で歌ったザ・ハニー・ドリーマーズのレコードもある。パティがレコーディングしたのはその縁か。

(2010年9月27日 三具 保夫)

 

(*) Monday’s Child (作者不明)
    Monday's child is fair of face,
    Tuesday's child is full of grace,
    Wednesday's child is full of woe,
    Thursday's child has far to go,
    Friday's child is loving and giving,
    Saturday's child must work for a living,
    But the child that's born on the Sabbath day,
    Is fair and wise and good and gay.



 

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